「ただいま」

 と眠るその人に小さく声をかける。
 卒業後、すぐにでも連れていきたかった人はけれど、このままでは足手まといになるから。と生来の生真面目さを発揮して、今は協会の日本支部で《宝探し屋》やバディの為の基礎知識を得る為の講習を受ける毎日だ。
 知識は勿論、武器弾薬の扱い方。それを日本で習得できることに最初、呆れたような貌をしていたが、成績は優秀だ。これならそう遠くない将来、一緒に探索にいけそうだ。と一週間振りの再会に自然と頬が緩む。

「甲太郎……」
「……ん、」

 耳朶に吹き込むように名を呼べば、小さく身じろいで吐息を漏らす。

「……くろう?」
「ただいま」
「───ッ、おい!」
「あーいい匂い……」

 待て。と、ベッドの中に潜り込んできただけでは飽き足らず、服の中にまで手を滑り込ませてきた葉佩に、皆守の眠気が吹っ飛ぶ。

「ば、お・前、何やってッ───」
「充填」

 首筋を吸われ肌を這う指の動きに身体が跳ねる。
 いつもなら蹴りの一つでも出るのだが、さすがに寝起きを襲われてはどうにもならない。
 それを知りながら───後でそれなりの報復があることを覚悟しながらも葉佩の手は止まらない。
 服の下の線を辿りゆっくりと、だが確実に追い上げる。ひとつひとつ、確かめるように動く指が熱に絡んで、宥めるように唇が額に落ち目蓋に触れ溢れた吐息を吸い上げる。
 声にならない声を余すことなく拾い上げ、手の中の熱を追い上げる。
 火のついた身体はあっさりと灼け堕ち───。

「……て、め……」
「俺にもちょうだい」

 荒い息の下の、燻る熱を隠す余裕もなく皆守が睨みつけるのを、いっそ朗らかといってもいいような笑顔で受け止めて、罪悪感の欠片もない声で葉佩がその獰猛な本能のまま、痩せた身体に牙を剥いた。


















犬の言い分 猫の言い訳



















「……」

 眩しい。
 それが皆守の朝一番の感想だった。実際はそれほど明確に言葉で認識したわけではなかったが。
 開かれたカーテンの向こうの空は青い。久しぶりに天気がいいな。とまだぼんやりとした頭がその眠気に逆らわず、うとうとしかけ───。

「───ッ!!」

 そのまま眠りに落ちる瞬間、視界に入った時計の時間に文字通り飛び起きようとして、

「あ、おはよう……」
「な、ん、」
「ああごめん、ちょっと無理させちゃったかなー……」

 と、大して悪びれる風でもなく、部屋に入ってきた男に崩れそうになった身体を支えられる。
 
「起きられそう?」
「───何やってんだお前」
「ただいまーは昨夜言ったっけ?おはようもさっき言ったから……ああ、大丈夫?」
「……大丈夫に見えるか?」
「ははは」

(この野郎)

 似非爽やかに笑い、けれど目を合わせようとしない男の胸ぐらを掴んで問いつめたい衝動に駆られたが、それどころではなかった。

「今何時だ?」
「12時ジャスト───ああそうそう飯出来たよって、」
「12時!?」
「ちょ、なにやってんの!」
「煩いっ!お前のせいで完全に遅刻だ!!」

 なかなか思い通りにならない身体に内心で舌打ちしつつ、男の腕を払ってベッドから起き上がろうとする。
 学生時代、散々サボりまくっていたのが嘘のように、今の皆守は無遅刻無欠席の優等生だ。
 高校のように朝から晩まで講義や実習があるわけではないが、それでも、学生時代の皆守を知る誰もが驚くほど、真面目に通っている。
 それもこれも。

「あー甲太郎、落ち着こう」
「これが落ち着いていられるかっ!そもそもお前が───」

 目の前で困ったように笑う、それでいてベッドから降りようともがく皆守の腕を離さない男の為だ。
 それなのに。

「支部には今日は休むって連絡入れたけど」
「───なんだと?」
「いやだから……」

 地を這うような皆守の声音にさすがに神経がワイヤーロープで出来ているような男も焦ったような声を出す。
 返答如何に寄っては蹴りの一つや二つ、本気で叩き込みかねない気配に、戸惑ったように短い髪をかき回して。

「一週間」
「は?」
「一週間もお前と会えなかったのにせっかく帰ってきたのにまた会えなくなるのが嫌なんだ」
「……」

 何を言ってるんだ。
 というのが正直な感想だ。ちょっとまて27歳。俺より年上のくせになんだその子供じみた戯言は。

「……会えなくなるってたかが数時間だろう」
「それも嫌なんだよ」
「……阿呆か」
「阿呆でもいい」

 駄目だ。なにかわからないが駄目だこの男。と、怒気も憤りも焦りも消えていく。
 学生時代はもう少し、まだ、今よりは、まともだったはず……とそれほど昔でもない過去に思いを馳せて、いややっぱりこいつはあの時から馬鹿だったと息を吐く。
 なにせ自分の性癖をあっさりとカミングアウトし、それでいて極々普通にクラスに溶け込み(ゲイであることは明かしても実年齢は誤摩化し続けたが)そして最初から、初めて逢った時からずっと、最後の最後の、あの瞬間も、そして今も皆守を好きだと言い続けている男だ。
 皆守が何を言っても何をやっても結局、その想いを変えることのなかった男が、その巨躯に見合わない、どこか情けない顔で目の前にいる。

「甲太郎が俺の為に頑張ってくれるのは凄く嬉しい。嬉しいんだけど……」

 大きな手が頬を撫で、そのままにしておくとそっと抱き込まれる。
 シャツ越しの体温が、ようやく、皆守にも数日ぶりの再会であることを実感させ。
 
「……馬鹿だな本気で」
「知ってる」
「……怪我は?」
「───確かめてみる?」
「……は?」

 気がついた時には押し倒されていた。
 背中には今まで寝ていたベッドの感触。目の前にはいつも通り、悔しいが年上の余裕か経験の差か、大人の貌で悪童めいた笑みを閃かせる男の顔。両手は頭の上でしっかりと縫い止められ、足の間に入り込んできた身体の所為で蹴ることもできない。
 おい待てこれはなんだというかもしかして───。

「九龍!?」
「それと休みは今日だけじゃないから。───3日あるから」

 というか3日しかないんだけど。
 と、心底哀しそうにため息をつく男だがその手は……。

「ちょ、ま、───九龍っ!!」
「あーホント。信じられない……俺、どうしてお前が傍にいないのに生きていけてたんだろう」
「!!」

 反則だ。それを今この場で言うのは反則だ。
 何も好きなのは。
 相手を想う気持ちは。

「というわけで───今日も俺につき合って」
「───ッ!!」

 喉元で呟かれた声音に思わず身体が跳ねる。

「勿論、明日も明後日も───これからもずっと」

 懇願するように囁きが、心臓の真上に落ちる。

(当たり前だ)

 声に出すのは業腹なので、こたえるかわりにその腕に爪を立てた。















おしまい。
というか本編(天香時代)書いてないのに卒業後書いてしまいましたみたいな。
本番ないけど葉佩さんの存在自体が色々危ないのでボーダーでございます。.......2006.09.28

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