「こーちゃんこーちゃんこーちゃん!」
「うるせぇ」
「ってなにそれひどいなー……これでお別れなのに」
「お別れって探索に入るだけだろうが」
「入るだけっていうけど俺とこーちゃん、離れ離れになるんだよ!?」
「離れ離れってそもそもお前が俺に残れって言ったんだろうが」
「だーけーどーさー……」
「いいからとっとといけ。でさっさと帰って来い」
「うん。わかった。だから寝ないで待っててくれる?」
「───起きていられたらな」
「じゃあじゃあはやく帰ってくるね」

 と、公衆の面前でいちゃつくのがただの若造だったら蹴りのひとつでもいれて視界から放り出すところなのだが、生憎、目の前で(一方的に)抱きついたりキスをしたりする人間は今回の探索ではなくてはならない存在であった。
名を葉佩九龍。
 しかしその名よりは数多の通り名の方が有名なロゼッタの《宝探し屋》である彼は、その類い稀なる美貌とそれ以上に強烈な個性と他の追随を許さない才能をもって、復帰以来、ランキングのトップに悠然と君臨する、いわば売れっ子である。
 そんな彼が今回、めずらしく他の《宝探し屋》と共に遺跡を攻略することを了承したのだが、その名を知る者は多くとも、実際、顔を会わせる機会は極端に少なく。
 様々な噂や憶測だけが入り乱れ、だからこそ本人とそれらのギャップが激しい。
 激しいというより、痛い。

「いいから、さっさと行け」
「浮気したらダメだからね!」
「い・い・か・ら、行け」
「……」

 誰だ。
 というか、何だ。
 この状況。

「……あれは本当にあの《悪魔》なのか?」
「というかあの噂は本当だったんだな……」

 ばいばーい。
 と、緊張感のない声音で名残惜しげに手を振るロゼッタの《悪魔》───黒髪黒眼の黙って立ってさえいれば息を呑むような美貌に憂いをのせ、他の二人の《宝探し屋》とともに遺跡に消えた男の背中をなんとなく見送って。
 ───隣りに立つ青年に、ゆっくりと視線を移す。
 癖の強い髪にいつもどこか眠たげな双眸、銜えられた銀色のパイプから漂う花の香り。
 気だるげな雰囲気で佇む痩躯を、不躾にならない程度に盗み見て。
 思い出す。
 半年くらい前から囁かれはじめた、ひとつの噂。

 ロゼッタの《眠り姫》を目覚めさせたのは遠い異国の───《王子》














A betrayer's meal poor apple pie












「《姫》だの《王子》だの……ただのガキじゃねぇか」

 少なくとも《王子》───目の前で眠っている、癖の強い髪の、極東の島国から来た東洋人は。
 と胸中で付け足して、冷めた視線を落とす。

 探索組と待機組にわかれて十数時間。
 すでに日は落ち、簡単な夕食を済ませた後は見張りを残してそれぞれのテントで待機中なのだが。
 その中でも一番大きい───機材の置かれた天幕(葉佩に与えられたものだ)の、折りたたみ式の簡易ベッドに横たわる青年の傍らで、男が暗い笑みを浮かべる。
 簡単過ぎてかえって拍子抜けだ。
 実際、葉佩達が遺跡の中へ消えてからすぐに天幕に引っ込んで惰眠を貪っていたらしく、夕食時に現れた時にも半分以上眠ったままの状態でうとうとしながら食事をとる姿はどう贔屓目に見てもただの───この場には不釣り合いな世間知らずの若造で。
 その時は同じロゼッタの《宝探し屋》として(皆守はバディ扱いだが)それとなく注意を促したのだが。
 かえってきたのは唸るような低い声。

『俺だって好きで寝てたわけじゃない』

 と憮然とした表情で遺跡の入り口を睨んだその貌や気だるげな仕草で唐突に悟らされた事実に、本気で仕事も何もかも投げ出したくなったのだが。
 中に入ったのは《女王》とその《騎士》達という事実はイコールでそれなりに危険を伴う難易度であることに、本来の目的の為にも、その仕事のしやすさという意味でも待機組にまわされた事を密かに悦んだものだが。
 あの年中無休、24時間花の咲いているような《姫》のご機嫌を伺いながら行動を共にするよりは、まだ、甘やかされ放題の青年───と呼ぶのも躊躇われるような《王子》と呼ぶのもいい加減疲れてきた、皆守と行動を共にする方がマシだと思っていたのだが。
 バカップルはたとえその一方だけでも変わらないらしい。と、無防備に眠る男の顔を眺める。
 名前は確か『皆守甲太郎』───あの《女王》が「こーちゃん」などという甘ったるい声で連呼するのでフルネームよりは《王子》の揶揄めいた通り名の方が知れ渡っているのだが。
 癖の強い髪にいつもどこか眠たげな双眸、ふわりとかすかに漂う甘い花の香りに、荒事とは無縁そうな痩躯に覇気のない気だるげな言動───これでどうして《宝探し屋》のバディなどやっていられるのか。
 半年ほど前に葉佩とともに本部に姿を現しその場でバディの契約を結んだことは知られているが、その前の経歴が真っ白───調べた範囲ではロゼッタに来る前はただの学生で、それをいきなり《宝探し屋》のバディとして認めた協会も協会だが───忠実なる《騎士》を気まぐれで従えることはあっても、基本的に一人で遺跡を踏破するのがロゼッタの《悪魔》あるいは《狂犬》《鴉》《獅子》《狼》《人形》《魔女》《竜》───《黒い天使》幾つもの貌を持ち気まぐれで残酷な慈悲と無邪気さで幾多の命と遺跡と秘宝を手に入れてきた葉佩九龍が唯一側にある事を許したのが、まるで何も知らないただの子供。という事実に誰もが驚き様々な憶測が飛び交ったものだが。
 しかし、そのバディが役目を果たした姿は誰も見ていない。
 むしろ《女王》がバディを遺跡の探索に伴う事に難色を示し、《騎士》どもにその身を護らせている始末で。
 それ故《王子》などとやっかみと嘲笑の対象として揶揄られるわけだが。
 ともあれ。
 今この場に、《王子》を溺愛する《姫》はおらず、その忠実なる《騎士》共もいない。
 いるのは。
 夕食の時に手渡されたコーヒーを何の疑いもなく口にして、それに入れられていた薬で眠っている《王子》のみ。
 そして男の本当の仕事は───この青年をとある組織の人間に渡す事。
 眠りから目覚めた《姫》の唯一の弱点である、眠り続けている《王子》 を。

「……」

 目を覚まさないことをそれとなく確認して、男が手をのばす。
 探索組が帰ってくる気配はまだないが。
 それでも。
 何も知らない《姫》とその《騎士》が戻ってくる前に。

「───!」
「……遅ぇ」
 
 茫洋とした声が静寂に落ちる。
 閉じられていた眼がぼんやりと開かれ、夢と現を彷徨っているような声音だが手首を掴む力は、強い。

「あんまり遅いんで本当に寝るところだったじゃねぇか……」
「なっ、」

 悪ぃな。薬は効かない体質なんだよ。
 と、笑みさえ浮かべながら青年、皆守甲太郎がゆっくりと上体を起こす。
 男の手を掴んだままの手と反対の手に握られたM92FMAYA。

「俺の気が変わらないうちに、吐いてくれると助かるんだがな」

 口調も態度も何もかわらない。
 相変わらず眠たげな双眸、気だるい仕草、ただその視線だけがひんやりとかわいた熱を孕んで。
 パイプを銜えてない唇が微かに、嗤う。
 
《姫》のきまぐれで傍にいる事を許された甘い香りを纏うだけの凡庸な《王子》
 めずらしい玩具と大してかわらない意味しか持たない───暇つぶしの、情人。
 いまでは下世話な噂でしかその存在を語られない、ただの男。
 それが。

「掃除は嫌いじゃないんだが、血ってやつは落ちにくくてな」

 面倒くさい事は嫌いなんだ。
 と嘯く仕草にいい知れぬ不安が沸き上がる。

 まるで。

「───裏切り者はお前達の他にあと何人いるんだ?」







































「たっだいまー!……って、あれ?」
「……」

 遺跡の探索から帰ってきた葉佩が天幕の入り口で、両手をひろげたまま、止まる。
 目の前には愛しい人。
 しかし愛おしい人は枕元に銃を放り投げたまま。
 そしてその愛しい人の足元に。

「───ひどいよこーちゃん!俺という恋人がいながら!!」

 男が一人倒れていた。
 しかもロープでぐるぐる巻き。
 意識はないようだがその顔は(男の顔なんてどうでもいいのだが)どこか苦しげに歪んでいて。
 
「……お前、他に言う事はないのか?」

 呆れを滲ませた口調で皆守が呟く。
 足元に倒れる男を軽く蹴って、この状況をなんとも思わないのかと問い質したい気分と、まあこの男に何を言っても無駄だろうと達観した思いに軽く頭を振って立ち上がる。
 どうせ先ほどのやりとりは全部、聴こえていたはずだ。
 この天幕に仕掛けていた盗聴器から。
 
「お腹空いた」
「レトルトカレーならあるぞ」
「嘘!俺、こーちゃんのカレー楽しみにしてたのに!」
「……誰のせいだと思ってるんだ」
「“俺”じゃあないよね?」
「“お前達”だ」
 
 えーそれって俺ってノーカンじゃないの?
 と、天幕を出る皆守の腕を掴んで九龍が甘える。
 ごろごろと喉を鳴らしかねない雰囲気の葉佩とパイプを銜えて火をつけようとした皆守の前にすっと人影が立つ。
 二つ。

「よー《王子》元気そうで何より」
「誰が《王子》だ」
「残りの者達はどうします?」
「んー朝一で引き取りにくるっていってたからあいつと一緒に放り込んでおけば?」
「わかりました」

 燃えるような赤い髪の男がにんまりと笑って皆守に手を振れば、その隣りの表情の乏しい青年が事務的な口調で葉佩に指示を仰ぐ。

「いやでも一応心配したのよーこれでもー」
「嘘つけ」
「《秘宝の夜明け》の方はどうします?」
「そっちはリリィとオリオンが行ってるはずだから大丈夫じゃないの?」
「相変わらず可愛いなぁー《王子》」
「かき回すなッ」
「あああいいなーいいなーつーかこーちゃんは俺のだから!」
「ではまた明朝」
「ああうん。あとよろしくー」
「じゃあな《王子》───ほどほどにな〜」
「なッ」
「どーどー落ち着いてー」
「お前が言うなっていうかお前がどうにかしろ!」
「無理だよライアンもジーンも俺の事好きだけど俺の言う事聞くようなタマじゃないし」
「……」
「ああでもこーちゃんは別腹だから!」
「……」
「お腹に入れても痛くないから!!───あれ違った目だよ目!いやでも実際いれ───」
「もういいそれ以上しゃべるな……」
「あああそうだ!消毒!しよう!今すぐ!俺が!!」
「どこも怪我なんかしてねぇっておい待てお前どこ触っ……」
「いやでもあいつ!寝てる間になにかしたかもしんないじゃん!」
「……寝てねぇし触られてもいねぇ」
「何言ってんの!昼間あんなにぐっすりすやすや寝てたじゃん!!」
「……」
「俺が遺跡のトラップに引っかかってる時に!」
「……引っかかったのかよ」
「こーちゃんの寝言がすんごい可愛くてついうっかりポチッと」
「おい待て寝言ってなんだ」
「……『カレー星人が』」
「!!」

 女王陛下の忠実なる狂った《騎士》───忠実なのは己の好奇心と欲望なのだが───《火蜥蜴》と《殺し屋》が、生暖かい目で見送る二つの人影のひとつ───こうしてきまぐれにつき合ってやってもいいと思うくらいは気に入っている同胞は、年下の恋人を誰の目にも触れさせないようにどこかに閉じ込めて鎖に繋いでしまいたい。と真顔で言うくらい溺愛しているのだが、それでも時折───何も知らない仔猫を見ず知らずの場所に置き去りにするような真似をする。

 今回も《内通者》が誰かはわかっていたのだ───最初から。その目的も。標的も。
 だからこそ《悪魔》はその目の前にとびっきりの餌を置いて───罠にかかるのただ待っていた。
 そしてそのとびっきりの餌自身も───わかっていたのだ。
《内通者》の目的も恋人の思惑も。
 何も知らないような顔をしてその実───正しく己を取り巻く事情や環境を把握して。
 それを踏まえてとろとろと、あるいはだらだらと微睡んでいるのだから───こちらも相当だ。
 その外見に惑わされて《姫》と誹りながら何度も痛い目に遭っているにもかかわらず、同じ轍を踏む輩にはわからないだろうが。
 あれはいずれ───。 
 
「……うちの《王子》様。意外と化けるかもよ」
「……猫は元々化けるものだ」
「───へぇ」
「朱に交われば赤くなる───あるいは元々赤かったのだがメッキが剥がれたのか……とりあえず、九龍が幸せならそれでいい」
「まあつまり、お似合いってこと?」
「ああ……似合いのバカップルだ」
「……」

 本気かな。本気だろうな。つーか誰だこの天然にそんな言葉教えた奴は。
 と、思いつつ《火蜥蜴》は赤毛をかきあげつつ煙草を銜え───。

「なあ、お前、火、持ってない?」
「ない」
「……今《王子》んとこ行ったら殺されるかなー」
「短い人生だったな」
「……」 

《殺し屋》の言葉に天を仰いだ。













お題『外国語散文』より『A betrayer's meal poor apple pie』
配布元:BIRDMAN


《火蜥蜴》ライアン・ロックフィールド。赤毛(長髪)ヘビィスモーカー。22。
《殺し屋》ジーン・メルトウォール。金髪。眼鏡。スーツ。天然。童顔。25。
九龍さんとはラボで一緒でした(その昔)

ほ か に い う こ と は ?

えーっと、うーんと、

ごめんなさい(つД`).......2006.08.16

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