カレーといえば皆守。
 皆守と言えばカレー。

 その無駄なトリビアを最近知ったばかりの3-C一同の中に、だからといってそれを深く追求するような───ぶっちゃけ薮をつついて蛇にかまれるような愚をおかすような人間は───

「こいつがどうなってもいいのか」

 ひとりいた。

「───てめぇ、」

 名を葉佩九龍。
 初対面でいきなりフルネームで読めない漢字で綴られるその名前の響きと同じように───外見が一見するとまともに見えるだけにさらに輪をかけて胡散臭い転校生。

 その彼が。
 どこか得意げな表情で目の前に掲げる物体は誰がどう見てもただのカレーパンだった。

 が。
 ただの。などと口走る愚か者はこの場にはいなかった。
 言った瞬間に逢った事もないご先祖様とどこぞの川辺でバーベキューというシチュエーションに陥る事を知っているからだ。

 そして。
 そのカレーパンを“ただの”と心の底から思っていない人間が普段の気だるさを潜め、沈痛な面持ちで低く唸った。

 名は皆守甲太郎。
 カレーとアロマと睡眠をこよなく愛しそれ以外は存在するだけの空気と公言こそしていないが態度がすべてを現していた障らぬ皆守に祟りなし。眠る虎の尾を踏むことさえなければ至って平和に過ごせる事を誰もが知って、実践してきたというのに。

「くっくっく、さあ、どうする甲太郎?」
「その手を放せ」
「放してもいいのか?」
「───放すな」
「我が侭だなぁ……で、俺が言いたい事、わかる?」
「わかるが、答えはノーだ」
「賢明な皆守君にしてはずいぶんと無駄に強情だよねぇ……」
「お前が、諦めればすむ事だ」
「その台詞、そっくりそのまま返すよ」
「……」
「……」

 何故だか知らないがというかむしろ本当はどうでもいいのだが、教室の入り口付近で、無駄に深刻な雰囲気をつくられては動くに動けない。

「一度しか言わないぞ、九ちゃん」
「何かな、甲ちゃん」
「返せ」
「やだ」
「……」

 怒りを抑えた声と楽しげな声が交差する。

「───そんなに欲しけりゃ取りにきな」
「……」

 普段、蹴られたり踏みつけられたり蹴られたり殴られたり思いっきり蹴り飛ばされたりしている九龍が、ここぞとばかりに挑発する。それを人は無謀というのだが、本人は気づいてない。
 ただ滅多にない、皆守をからかえるチャンスをここぞとばかりに堪能しているようで顔も声も気味が悪いくらい嬉しそうだ。
 そのわりにセコいというかささやかというか仕様もない空気があるのだが、本人は至って本気のようだ。
 そして普段惰性に身を委ねる微睡みの住人も無駄にやる気になった。
 
「……そうか」

 ゆらりと皆守が動いた。
 銜えたままのアロマパイプに慣れた仕草で火をつけ、気だるげに紫煙を吐き出すとそのまま───。

「───」
「───ッ!!」

 極々自然にパイプを挟んだ指が九龍の肩を引き寄せ、そのまま耳元に口を寄せ何事かを囁く。
 軽く伏せられた目が普段は見られない色を孕んで、僅かに引き上げられた口元に浮かぶ小さな笑みはまるで───。
 
 しんと静まり返った教室にどこか愉しげな声が響く。

「……じゃあな九ちゃん」

 その言葉にはっとした時にはすでに皆守はカレーパンを手にしていて。
 一瞬だけ閃いた笑みが年相応の稚気を見せていたのを朧げながら理解したの時には、その背中は教室から消えていて。
 何かあり得ないものを見たような、あるいは見てはいけないものを見たような、なんともいえない気分に陥って、なんとなく、もう一人の、事の発端の人物に視線をやる。

「九ちゃん、顔赤いよ?」
「…………」

 とりあえず。
 結局やっぱりいつもの事だった。
 ということに気づいて無駄に緊張感を孕んでいた空気は霧散する。

 いまだに顔を赤く染め固まっている九龍を置き去りにして。














やれば出来る子です(誰が)
そんなわけで本気になった皆守さんはすごいぞ、と(何が)
皆守さんはカレーを真剣に愛している。というお話(笑).......2005.11.14