眠い。怠い。 が、口癖とはいえ。 「甲太郎?」 「……」 屋上でも保健室でもなく教室の机に突っ伏して動かない、緩くうねったくせ毛に視線を落とす。 朝。いつものように甲太郎の部屋のドアを叩いて文字通り叩き起こし、いつものように眠い怠いとぼやく甲太郎を、いつものように昼はマミーズでカレー奢るからと宥めすかして手を引いて───振り払われなかったのをいいことにそのまま教室まで一緒に来て。 大人しく席に着いた甲太郎が、「俺は寝る」と宣言し、そのまま眠りの体勢に入ったのを見ても、教室にいるだけでもえらいよな。と、皆守甲太郎更生計画の協力者として、ついうっかり今までの苦労を思ってそっと涙ぐみもしたが、それが1時限、2時限と続いたところで俺はあることに気づいた。 アロマの、ラベンダーの香りがしない。 そういえば寮からここまで、銀色の、よく見れば精緻な細工の施されているアロマパイプを見ていない。 これはもしや皆守甲太郎に似た別人かと半ば本気で心配になって、授業が終って速攻で甲太郎の席に来てみれば。 「……こうたろー」 「……」 かえってくるのは無言。 この際罵声でも皮肉でも寝言でもなんでもいいから聞かせろよ。と唸ったところで、うねうねの頭が少し、動いた。 いつにもまして怠いというか鈍いというかもしやあなたちょっと甲太郎さん? と、何やら嫌な予感がしてしゃがみ込んだ、俺と、腕の間から顔を起こした甲太郎の目が合う。 いや合うというか。 「……」 どこか熱っぽい視線が彷徨って、落ちる。 ああこれは。 わかってはいるがあれだ。 というか甲太郎お前───。 「もしかしなくても具合悪い?」 「……」 ぼんやりとしたままの甲太郎の額に手を当て、そのまま首筋まで移動する。 熱い。おいおいお前これ洒落にならないぞ。と思っていると、甲太郎が少しだけ表情を緩めて目を閉じる。 掠れた声が呼気とともにこぼれて───。 「……そのまま」 そのままって何が。そんなうっとりするような貌で微笑まれた日にゃあ俺の理性も諸手を上げて万歳三唱で逃げ出すっていうか弱ってる甲太郎って何か無駄に最終兵器───……ああ、熱があるから俺の手の体温すら冷たく感じるのか。 そういえば起こしにいった時もいつも以上に気だるげでついうっかり抱きつきそうになって、でも朝から蹴られるのは嫌だったから我慢したんだけど、抱きついときゃよかったな。そうしたらここまで具合が悪くなる前に気づいたのに。 眠い怠いはいつものことだし、教室にいてもまともに授業を受けることはごく稀だったから───というか具合が悪いなら悪いって……───。 「甲太郎、」 というか気づいてないとか、言わない、よな。 「……………………なんだよ?」 「熱あるんだけど」 「…………………………ねつ?」 「……」 ひらがなだった。 というかやっぱりかよ! なんで気づかないんだお前!自分の事だぞ! 普段から無駄にだるだるしてるから俺も気づかなかったじゃないか! 保健室行こ?部屋戻ろ?動ける?───畳み掛けるように、それでも精一杯、やさしく、刺激しないように話かけても甲太郎からはうーとか、んーとか、言葉にならないくぐもった声しか返ってこなくて、そうなると俺のできることはひとつだ。 「───九ちゃん?」 「ああ、やっち」 ぐったりとした甲太郎を抱え上げたところでやっちの驚いたような声が聞こえてゆっくりと向きを変える。 「なんか甲太郎具合悪いみたい」 「え!大丈夫!?」 「大丈夫かどうかルイ先生に診てもらってから寮に戻るからヒナ先生によろしく」 「う、うん……」 「大丈夫。落とさないよ」 「う、うん……」 俺と、腕の中の甲太郎を交互に見るやっちを、安心させるように笑って、教室を出る。 お大事に〜というやっちの台詞が終るか終らないかっていう時に、背中の方がざわついて、その気配に甲太郎が起きないか心配になったんだけど、腕の中の甲太郎は目を開けることもなくぐったりしたまま。 そんな甲太郎に、たまには弱ってるのもいいかなんて思ったけど、やっぱりだるだるでも蹴られても踏まれてもどつかれても元気な甲太郎がいい。と、誰もいない廊下を歩きながら、そっと甲太郎のこめかみに鼻先を押しつけたら、かすかに甘い香りがした。 (……はやく元気になれよー) 3日後。元気になった甲太郎から、一片の容赦もない蹴りを食らった挙げ句、それから2日間口を利いてもらえなかった。 なんでだ。 |
男の子だからー。.......2006.01.28 |