フレンドリィファイアエクストラライト 01’












 非常識な音を立てて教室の後ろの扉が開いた。

 3-C 教室。
 3時限も終わりあと一時間で昼休みとどこか気合いと浮ついた気配が一瞬で静まる。
 その音の凄まじさに何事かと思ってみればそこに立っていたのは、つい最近転校してきた葉佩九龍。
 片手に鞄を抱え、片手でドアを支えたまま、肩で息をしている姿に訝しげにな視線が集まる。

「おはよー九龍クン」
「……」

 その中で声をかけたのが八千穂だったのは、やはりいつもその九龍の騒動に巻き込まれているからだろうか。
 しかしながら、いつもなら爽やかな笑顔で挨拶を返す九龍は無言で───めずらしい事にどこか不機嫌なオーラをまとわりつかせつつ、一点だけを睨みつけ足を動かす。

「立て、皆守」
「……あぁ?」

 そして辿り着いた場所は、こちらもめずらしい事に教室にいた皆守の席。
 感情を排した九龍の声と気だるげな皆守の声だけが静まり返った教室で響いて、視線が絡み合う。
 まさに一触即発というか何故!?とようやく事態の剣呑さに気づいたところで九龍が動いた。

「いいから立て」
「───ッ!?」

問答無用でまだ(脊椎反射的に睨み返しはしたものの)一人、事態をのみ込めていない(寝ぼけているとも言うが)皆守の制服の胸ぐらをつかみ上げ強引に立たせる。
 
「ふざけ───」

 一瞬、唖然としたものの、普段無気力無関心何もかも「面倒くせぇ」の一言で済ます皆守の沸点はそれでいて低い。
 自ら喧嘩を売るような事はないものの、売られた喧嘩は即買いな皆守が返り討ちモードに移行しようとした瞬間、抱きつかれた。

 誰に?

「よし」 

 何が?

「あ。やっぱりラベンダー」
「…………」
「そーだよ。こいつからラベンダーの匂いがしないなんてありえねぇっつーの」
「……………………」

 先ほどまでの気配をあっさりと霧散させ、どこかあっけらかんとした声が、恐ろしいほど静まり返った教室内に響き渡る。
 そのままぎゅうっと、頬擦りでもしそうな雰囲気で九龍が呟くと、皆守が硬直した。

 見目はそこそこいいが高校生男子が二人、抱き合っている(正確には抱きつかれているのだが)姿に、理性が裸足で逃げ出し常識が本日閉店を宣言し降りかけたシャッターを得意のスマッシュで粉砕したのはやはり、テニス部のエース。

「どーしたの九龍クン?何か悪いものでも食べた?」

 まるで何事もなかったかのようにまだ、皆守に抱きついたままの九龍に話しかける姿はもう普段通りだ。
 類は友を呼ぶ。あるいは朱に交わって赤くなるというよりはメッキが剥がれただけで元々赤かった等と諸説はあるがともあれ、凍り付いていた空気は、その明るい声とそれに反応した九龍が皆守から手を離した事で動いた。

 この転校生の奇行はいつものことなので、例によって巻き込まれた皆守が、椅子の上で呆然としているのはこの際見なかった事にする。生け贄、もとい、被害者がひとりだけですんだのは僥倖だ。
 ああこれで平和な、ごく一部に目を瞑ってさえいれば平穏な日常が戻ってくる。
 と、大半が胸を撫で下ろしたのだが。

「ああヤッチーおはよう。つうか寝坊しちゃった……」
「うん。もう3限終っちゃったもんねー。で、どしたの?」
「なんかも−夢見が悪くてさー久しぶりに見た悪夢だよ悪夢!」
「へー九龍クンでも怖い夢って見るんだねー。で、どんな夢!?」
「聞いてくれるかヤッチー」
「うんうん」
「こいつが、」

 甘かった。

「───ッ!!」

 まだ固まったままの皆守の膝の上に片足で乗り上げ、辛うじて加えられていただけのアロマパイプをそっと唇から放すと、九龍はそのまま薄く開いたままの輪郭を指の腹でかすめる。

「この口で俺の事『九龍』って甘ったるい声で呼んで、この顔でにっこり、冷笑失笑嘲笑じゃなくてスマイルだよスマイル!微笑んじゃったりするんだよしかも出来の悪い弟を見守るような慈愛の満ちた目で!!足は出るしこ憎ったらしいことしか言わねーのにまんざらでもねぇみたいな顔でさ!!悪夢以外のなにものでもねーだろう!!」

 そして指の間にパイプを挟んだまま、両手で皆守の顔を包み、呆然と見開かれたままの双眸を覗き込むように嘆く姿は、───内容はともかく、厳粛なる学び舎の健全なる青少年にはいささか刺激が強かったらしく。
 大丈夫かしっかりしろあんなのはまだ序の口だあやしいとは思ってたけどいやそっとしといてやれ生きててよかったお幸せに生等々口々に喚きつつばったばったと量産されていく屍の阿鼻叫喚と何故か黄色い悲鳴に、にわかERも真っ青な喧噪に包まれるが、当事者達はまるで気がつかずのほほんと会話を進めていく。

「へー」
「しかもそれだけじゃねーんだ」
「……まだ何かあるの?」
「───視界が、」
「死体?」
「視点が低いんだ。…………こいつより」
「ああ視界ね!───え。九龍クン縮んじゃったの!?」
「しかも雛先生よりひ───いや同じくらいなんだ!」
「おい」
「元気を出して九龍クン!人生、背が低くなったっていいことあるよ!」
「ありがとうヤッチー!何か決定的に誤解されてるような気がしないでもないけどありがとう!」
「コラ」
「どしたの皆守クン?」
「あれ、皆守?」
「……」

 ぼっけぼけな会話が滑り出し、そのぼっけぼけ同士が手に手を取って友情を誓い合ったところで、おそらく、被害者と言ってもいいだろう皆守がようやく我にかえった。
 何があったとか何をされたとかもはや思い出したくもないのだが、それでもどこかで燻っている何かを吐き出さない事には落ち着かない。
 その為にも、九龍の手からアロマパイプを取り戻し、とりあえず、火をつけようとしたところで、その加害者がいつもの人畜無害な笑顔を引っ込め、真顔で───火をつけた。


「つーかなんでこんな時間に教室にいんの?カサ持ってきてないんだけど」


 理不尽だ。
 誰がとか何がとかおそらく言った本人以外がついうっかり反射的に殺意を芽生えさせたしまったところで、その内の代表、ゆらりとした怒気を纏いつつ立ち上がった皆守が、問答無用で足を振り下ろしたところでようやく日常に戻った。














エクストラライトのバッキーVer.
vsかっちゃん戦後。くらいなのでまだやっちは『九龍クン』でアロマは『葉佩』呼び。バッキーのスキンシップにようやく免疫がついてきそうな微妙な時期です。クラスの連中は当事者(アロマ)よりはるかに順応力高そうですが(笑)
でもってバッキー曰く『悪夢』の小バッキー(blog02参照)Ver.は後ほど……。.......2005.11.13