くろねこのさんかく













 去年のクリスマス。
 俺は天使の羽根を持ったうさぎを見た。

 正確にはその人は最初白いコックコートを着ていたのだが(甲太郎のバイト先のオーナーシェフだから)、閉店後のスタッフ+α(俺とか)のささやかなクリスマスパーティーで私服に着替えてきたら、そーなっていた。

 一応俺と甲太郎は未成年というくくりでアルコールは飲ませてもらえなかったが(ついでに言うと俺はバイクだからどっちにしろ無理だったろうけど)、大人達で飲める人は飲んでいた。
 そしてその人は飲まされていた。
 そしてその人の恋人が来る頃には完璧に出来上がっていた。
 そしてそんな恋人を見て平常心でいられる人間はいない。ということで、いつもは冷静沈着な彼氏も、恋人がうさ耳(付フード袖口にはファー付で丈は短い上に背中に羽根付色は勿論純白だ)で顔をほんのりと赤らめ、アルコールに潤んだ眼で見上げられて平常心を遠くに力一杯放り投げたらしく、ほとんど食事にも口をつけずあっさりとお持ち帰りになった。

 そして俺もそんなラブラブな二人を見て何も思わないくらい枯れているわけではないので、一応、未成年ということを口実にその後甲太郎を連れて帰った(背中にかかった「お大事に〜」という台詞に甲太郎のかわりに手を振りながら)
 でもって疲れて眠っている甲太郎の顔を見ながらふいに思った。
 思ってしまった。
 というか思うだろう。
 あんなもん見せられたら。

「猫耳見てー……」
「ほう」

 絶対似合う。
 と、龍麻さんと二人で飲んでる時に(甲太郎と京一さんはそれぞれお休み中)ついうっかりぽろっとほろ酔いで言ってしまった。
 言ってしまってからさあーっと血の気が引いたのは仕方がないだろう。
 だってこの人は、自称、甲太郎の父(兄ではないらしい)で、実際、甲太郎のことをそれはわかりやすく(この人にしては)可愛がっている。そんな人の前で「あなたの息子に猫耳つけたいです」なんて言ったら普通、殺される。うわしまったごめん甲太郎。俺、もう駄目かもしんない。とひっそり覚悟を決めた俺に、龍麻さんは、笑った。
 それはとてもきれいに。

「まかせろ」
「───は?」


























 そして今、俺(と龍麻さん)の前には黒猫がいる。

 あれからしばらくして、ひとり遺跡に潜っていた俺のH.A.N.Tにきたメールを見た俺は速攻で秘宝をゲットして、その足で日本に戻ってきた。
 いつもなら時間がある時は甲太郎が迎えにきてくれるのだが(というか俺が泣きつく)、今回は龍麻さんが来て、相変わらず凛とした空気を纏った龍麻さんが俺を見つけてにやりと笑って片手を上げる。
 俺もつられて笑う。甲太郎を京一さんとカレーの聖地へ行かせて龍麻さんがひとりで来たのには勿論理由がある。
 誰から借りたのかごつい四駆の後ろに無造作に置かれている袋の中身のせいだ。
 俺も龍麻さんも正気の甲太郎にそれを着せる勇気はない。万全を期する為にも俺たちは一度、部屋に戻りそっと隠して、何事もなかったかのように、カレー三昧でご満悦の(俺が帰ってきた時に見せる笑顔よりずっとずっと嬉しそうだったのにはわかっていることとはいえすこーし複雑だったが)甲太郎と京一さんを迎えに行って、甲太郎おすすめのカレーを食べて帰ってきて、食後の運動を甲太郎が精根尽きるまで頑張って、気絶するように落ちた甲太郎をきれいにして、そして。
 というか。
 完全に力の抜けた人間に服を着せるのは意外と体力のいる作業で(いつもはきれいにしたらそのまま寝てるから)しかも着せる物がこれだと思うと無駄にドキドキする。もし万が一、ここで甲太郎が目を覚ましたらと思うと嫌な汗も出てくるが甲太郎は起きなかった。夜中というか夜明け近かったけど思わず龍麻さんに電話したくなったけどさすがにやめて、かわりに写真だけ撮って俺も一緒に眠った。というかほとんど眠れないまま朝になって、隣りで眠っている甲太郎を起こさないようにそっとベッドを抜け出して、共犯者と言うか功労者の龍麻さんが様子を見に来て、適当に飯なんかを作りながら時間をつぶしていると、ようやく、昼近くになって、黒猫───甲太郎が目を覚ました。

(うわあああ)

 壁の方を向いて眠っていた甲太郎が、むくりと起き上がる。
 昨晩の名残か、半分以上寝ぼけたままだから、動きもゆっくりで、ベッドの上でしばらくぼーっとしてるのを、俺と龍麻さんは言葉もなくただ、見ていた。
 だってだってだって。
 くせだらけの髪を覆う、フードには三角の耳。ジッパーが半分くらいしかあげられてないから、その下の肌の白さと黒い生地のコントラストに昼間だっていうのに隣りに龍麻さんがいるっていうのに何かこう心臓がやたらめったら鳴り出して、しかもあれだ、だらりと膝の上に置かれたままの手は指先しか見えず、ずり落ちた毛布の下からのぞく尻尾の先がまた。

「こうたろー……」
「…………あ?」

 思わず漏れた俺の声に甲太郎がワンテンポ遅れて反応する。
 緩慢な動きでベッドから降りると、そこではじめて、俺と龍麻さんを認識したように、怪訝そうな貌をする。
 それはそうだろう。大の男が二人、ただ黙って、自分を見ているんだから。
 でもでもでも。
 立ち上がった拍子に、上着の裾の後ろに付いてた尻尾が揺れて落ちる。
 ゆるくうねる前髪の上には猫耳。
 だらりと下がったままの腕を覆う生地の下から見えるのは指先だけ。

 なんだこれ。
 というかなんだ俺。
 いやでも。

「……龍麻さん」
「……洒落になんねぇなぁ」
「……?」

 がっちりと固い握手を交わした俺たちを、いまだ寝ぼけたままの黒猫が不思議そうに見たけどそれも一瞬で。

「飯」 
「……はーい」
「───なんだよ?」
「……なんでもねぇよ」
「?」

 とりあえず。
 本人が気づくまで俺たちは黙っていることを視線だけで会話をして。
 結局。


























「ただいまー……って、寝てんのかよ」

 狭いアパートだから、部屋の片隅に置かれたベッドもすぐ目に入る。
 だからその上で丸くなって眠っている黒猫の尻尾も見える。

 そう。

 あの日は、結局、遅い朝食だか昼食だかを食べている時に、これまた腹を空かせてやってきた京一さんが「あ。猫」とあっさりとバラしてくれて終ったけど。(ついでに俺の人生も終りかけた)

「こーたろー……」
「……ん」

 猫耳も尻尾も大事だったけどそれ以上に気を使ったのは生地だった。
 甲太郎が身につける物にはたとえそれが単なる俺の趣味でも妥協なんかしたくなかったし。
 世界でたった一つのオーダーメイド(そういえば俺、甲太郎のサイズ言ってなかったんだけどちょうどよかったなー)で、たとえ一夜限りのものだったとしても。
 俺も楽しくて甲太郎もそれなりに楽しかったらそれが一番いいなぁと思ってたから。

「ただいま」
「……おかえり」

 さすがにもうフードは被ってないけど(あれは甲太郎が眠ってる間に俺が被せたからできただけで)、黒猫の上下を本人曰く「どうせ誰も見てない」と、見た目より着心地が勝ったらしく。

 ほとんど無意識に呟かれた声音にひかれるようにそっと口付けると、腕の下の黒猫はどこか嬉しそうに笑った。












つい出来心で。ちなみに京一さんはオレンジ猫でバッキーは狼なのをそれぞれもらってます。.......2006.02.22

↑(ご意見ご感想ボケツッコミなどありましたらお気軽にどうぞ〜)