〈必ず迎えに行くから待ってて!〉 という言葉を信じたわけではないのだが。 レンソウ
「…………」 バイト先から帰ってきてみれば、玄関に見慣れない靴。そのまま無言で寝室の扉を開ければベッドに見慣れた物体。 否───数ヶ月前は確かに不本意ながら日常で、あと数年は───会えないと思っていた《宝探し屋》 それが。 警戒心の欠片もなく人のベッドに潜り込んで、無駄に平和な顔で眠っている。 (おいおい) 鍵のかかっていた扉を自力で開けて入ってくるような人間に、不審者より先に思い浮かんでしまった顔があって、けれどまさかという思いと、数ヶ月前の出来事と数週間前の再会の顛末を思い出し、その時の、漠然とした覚悟や決意や一抹の不安とそれ以上の何かが唐突に溢れ出し───力が抜けた。 無意識にアロマパイプを銜えそれに火をつけようとして、思いとどまる。 もはやそれは単なる嗜好のひとつでしかないのだが。 (何やってんだよ) なるべく音を立てないように、ベッドの端に腰を下ろして天井を仰ぐ。 〈ごめん!〉 約束通り───というか辛うじて卒業式当日に戻ってくることだけはできた《宝探し屋》は、八千穂以下バディ達にもみくちゃにされた後、それをただ眺めていた皆守の姿を見つけると、飛びつくような勢いで近寄ってきたかと思うとそのまま───土下座した。 〈……〉 〈いやあの俺、このままお前を拉致って連れていく気満々だったんだけど!〉 〈……〉 〈なんかちょっと立て込んじゃって……えーっとあの一週間……いやい、一ヶ月?───……ごめんもしかたしたら年単位になるかもしれないんだけど!〉 〈……〉 〈でも!〉 〈……〉 〈絶対!〉 〈……〉 〈迎えにくるから!!〉 〈───そうか〉 とりあえず。 皆守は、土下座したまま何やら不穏な単語をさらっと宣った挙げ句、好き勝手なことを大音量で喚き続ける《宝探し屋》を一瞥すると、銜えていたパイプを外し、一息ついて。 相変わらずTPOを弁えない《宝探し屋》を蹴り倒した。 それが一週間前。 そう。まだ一週間だ。 あの後、痛みを訴える《宝探し屋》の襟を掴んで引き摺って、誰もいない屋上で、一応の事情を問い質して、それなりに納得した皆守とは対照的に、時間ギリギリまで粘った挙げ句、最後の最後まで往生際悪く皆守を放さなかった《宝探し屋》の背中を蹴りつけ送り出してから一週間。 進学する気のおきなかった皆守は、在学当時の停滞していた時間が、それを取り戻すかのように、急激に動き出した時間に呼応するよう現れた従兄弟からの誘いや、《宝探し屋》にふられたにもかかわらずただではおきないこちらも自称探偵やらの勧誘をやんわりとあしらいつつ、気がつけばとあるレストランでカレー三昧とはいかないものの、それなりに慌ただしくも充実した日々にどうにか慣れはじめていた。 生き残って。 ただ微睡んでいた世界が急激に色を取り戻し。 唐突に目の前に広がった現実に。 現実を。 生きていくだけで精一杯な自分が。 自分に。 〈じゃあ、“ここ”から始めよう───〉 「……おい」 「うー……」 「起きろ」 毛布の間から覗く頭を軽く叩けば、くぐもった声が聞こえ。 「……………………あと7時間寝かせて……」 「……」 それだけ寝れば夜も明ける。 単なる寝言か切実な懇願か。 こんなところでなにをしてるんだ。とか。 そもそも住所も教えてないのにどうしているんだ。とか。 あのめずらしく真剣な決意は懇願はなんだったんだ。とか。 (───人の気も知らないで) 平和そうな。 実はあまり見たことのない寝顔に、今ここにいることに、単純な嬉しさと素直に喜べない気持ちが絡み合い。 さて、どうしてくれようか。と、今度こそポケットからパイプを取り出し───。 「…………………………………………おかえり」 「……」 ぼそぼそと。 寝返りと同時に聞こえた声に。 (それはこっちの台詞だ) 目が覚めたらおぼえてろよ。 と、胸中で呟くと、僅かにほころんだ唇にパイプを銜え、火をつけた。 |
バッキーが前言撤回して帰ってきたのは単純にアロマに逢えないのが我慢できなかったからです(いや本気で) この後皆守さんは有耶無耶のうちに日本出て済し崩し的にバッキーと期間限定トレハンです(ホントに).......2005.12.12 |