ぺちぺちと。
 頬を叩く感触にうっすらと目を開ける。
 
(あ、れ……?)

 広がる薄墨色の空に背中には芝生の感触。そして何よりその寒さに混乱しかけた俺の視界の隅でふわふわと揺れる、

(え?)

「……だれ?」

 少しだけ舌ったらずな。子供の。

「こうた、ろう?」

 お前なんでまた小さくなってんの?
 という台詞が頭に浮かんで───。

「甲太郎!?」

 その瞬間、何もかも吹き飛んで飛び起きる。
 特に身体に痛みはないから怪我はないんだろうと、《宝探し屋》としての冷静な部分と、俺の脇でぺたりと座り込んでいる小さな子供の面影に混乱する俺がいて。
 
(何?え?またちびっ子!?)

 ふわふわのくせ毛。
 いつもどこか眠たそうな目は大きく見開かれ。
 白い───暖かそうなセーターの袖先から見える小さな指が、デニムに包まれた膝の上でぎゅっと握られる。

(───あ)

「や、ごめ、あ、あやしいもんじゃないから!!」

 現状を把握するよりこの子が泣き出さないかの方が心配で、つい声を荒げる。
 けれどその声の大きさにびくんと身体を震わせ、幼い顔に不安の影が走ったのを見て。

(まずい)

 本当にまずい。というかなんだって俺、こんなに必死になってるんだろうと思わないでもなかったけど。

(甲太郎を泣かせるなんて出来ない!)
 
「ほ、ほんとだって!!えーっと、そう、俺、くろう!はばきくろう!職業トレハン」
「……くろ?」

 ええいこっちが泣きそうだ。と半ば自棄になりながらようやく名を名乗ると、ぱちり。と音がしそうな瞬きの後、ほんの少し首を傾げる仕草につい思考が止まる。

(やばい可愛い)

 じゃないしっかりしろ俺。
 人んちの庭先(推定)で倒れてた挙げ句(むしろ現れたのか)その家の子供(おそらく甲太郎)に懸想(将来、というか俺としては現在の関係を思えばそれはある意味正しいのかもしれないが)してる場合ではない。
 はじめて会う小さな甲太郎と円滑なコミュニケーションがとれるかどうかの瀬戸際なのだ。
 間違っても突然現れた言動のおかしい人などと思われたくはない(というか家人がいないのは不幸中の幸いか?)
 ので、ここは小さな甲太郎に全面的にあわせる。

「そう、くろ!」
 
 いつぞや子供番組で見た笑顔の素敵なお兄さんのようにとびきりのスマイルでサムズアップだ!

「……くろは、なにしてるの?」

(ぎゃー!!)

 さすが甲太郎(推定)───小さくてもそのツッコミ、じゃなかった洞察力は健在のようでというか、まさか今ではない時空の彼方から例によって例の如く古代の叡智の計り知れない作用が偶然働いて飛ばされてきました。なんてことを、目の前で、小首を傾げて俺の返事を待っている純粋な子供に言えるわけがない。
 ない。
 ない。
 ない。

(どどどどうしたら!)

 ぐー。

「……」
「……」
「……」
「……くろ、は、おなか、へってるの?」
「そー!」

(ナイスタイミング俺腹。グッジョブ俺腹)

 なんて現実逃避してる場合じゃないってどーするよ!?
 と頭を抱えてると───。

「ケーキ」
「ケーキ?」
「……クリスマスだから、ケーキ、たべる?」
「クリスマス?どーりで寒いとってちょ、甲太郎!?」

 ぽてぽてと。
 そのまま家の中に入っていく小さな甲太郎は俺がそのあとを着いていくことを疑っていないようで。
 
(てか知らない人を家にあげたら駄目だろう!)

 と内心ツッコミ入れつつも、実際、ありがたいのにはかわりはなく。
 結局、子供サンダルの隣りにごっついブーツを脱いで。

「お邪魔します……」

 暖かい家の中にいそいそと入り込んだ。






















《宝探し屋》はサンタクロース?






















「お家の人は?」
「……しごと」
「ひとりで留守番?」

 こくん。
 と、頷いて小さな甲太郎は俺の膝の上で絵本のページをめくる。
 足が埋もれるようなふかふかの絨毯は直に座ってもケツが痛くない。
 想像はしていたが甲太郎の家は裕福だった。
 少なくとも傍目は。
 リビングにどんと置かれたツリーはおそらく甲太郎の為のものだ。
 その甲太郎自身は色取り取りのオーナメントできれいに飾られた(お手伝いさんと一緒に飾り付けはしたらしい。そうそう普段は両親が帰ってくるまでお手伝いさんがいるらしいのだが、今日はクリスマスということで早めに帰ったらしい。その分両親のどちらかが先に帰ってくる約束だったらしいのだが、見ての通り、不審人物がひとり堂々と紛れ込んでも誰も咎めないように、どちらもまだ帰ってきていない)ツリーより、少し早めのクリスマスプレゼントでもらった絵本の方に興味があるらしく。
 そうでなくてもリビングの一角は本で埋め尽くされている。
 この年から活字を読んでいれば将来、立派なポエマーになってもおかしくないかなぁと思いつつも、今小さな甲太郎が読んでいるのは100万回生きたて死んだ猫の話だ。というか誰のチョイスだ。と思わないでもないが、足元にはいもむしやら赤と青の服をきたねずみやらりんごの木の話の他にもいろいろ散らばっている。
 俺がガキのころはどうだったけ?少なくとも絵本はラクガキする為にあったよなぁと思いつつ、ふわふわの髪の毛を無意識に撫でる。
  
 なにかすっかり懐かれたようだが、その理由はわからない。
 大きな甲太郎と仲良くなるのにはそこそこの時間がかかっただけに。

(つーかあいつも小さかった頃は素直だったんだなー……)

 素直過ぎてかえって心配になるけど。

(まあ、學園にいた小さな甲太郎も素直ないい子だったけど)

 それがどうしてああなったのか。

「くろ?」
「ん?」
「くろは、どこからきたの?」
「……けっこう遠いところかなー」
「どんなところ?」
「……甲太郎のいるところとあんまりかわらないよ。ただカレーを粗末にすると怒るカレー星人がいてな。三食カレーを食べさせないとぼこぼこにされるんだ」
「……ぼこぼこ?」
「そー痛いぞー」
「……」
「い、いやでもカレーさえあれば大丈夫だから!カレーさえ食ってれば!!」
「……………………わかった、たべる」

(……あれ?)

 まさか毎日お前にボコられてるとは言えず、だからといって自分のライバルがカレーとは言えずにいたら何やら真面目な顔で小さな甲太郎が頷く。

(なんか俺、とんでもないことやっちゃったような気がするんだけど……まあいいか)

 そういえば、俺がこっちにいる間、向こうの甲太郎はどうしているのかなーと今更ながら思い出す。
 二人して遺跡に潜ってる時に起こった事故だから(つーか俺がトラップに引っかかって自爆したってのが正しいか)───。

(やばい。帰ったらほんとにボコボコにされる)

 心配はしてくれているだろう。
 ああ見えて心根はやさしい男だ。
 だが、ちょっと素直になれないだけで。

「くろ?」
「あ、や……なんでもない」

 腕の中の、小さな甲太郎と目が合う。
 できれば───今だけでも、この子を悲しませるようなことはしたくないんだけど。

(でもたぶん、俺は後少しで元の世界に戻る)

 ただのカンだけど。
 このままずっとここにはいられない。
 いてはいけない。

(だから)

 遅くまで仕事をしている両親。
 やさしいが限られた時間の中でしか一緒にいられない家政婦。
 そしてひとり、本を読む子供。

(でも)

「甲太郎は、さ……ひとりでさびしくない?」
「……ない」
「え?」
「ひとりじゃない」
「甲太郎?」
「くろがいる」
「……」
「いまは、くろがいる、から、さびしくない」
「そっか……」
「うん……」

 そう言って、とんと寄りかかってきた重みは、軽い。
 でも俺の手に重なる小さな手は、確かにあたたかいのだ。

(ああああちくしょう)

 とっとと帰って来いボケ親こんな健気なガキんちょ独りにすんなマジでかっさらうぞ。
 と、心の中でわりと本気で叫びつつベストのポケットを探る。

「手ぇ出せ甲太郎」
「?」

 素直に手の平を上にして出した甲太郎の手の上にそっと、鈍く光る小さなまるい石を置く。
 透明度の低い乳白色のそれは俺がこっちに来る前にいた遺跡で見つけたものだ。
 本来なら手に入れたものは協会で調べてもらうのだが。

(いいだろこんくらい)

「くろ」
「お礼」
「おれい?」
「そ、飯ありがとうごちそうさまっていう気持ち」
「……」
「それと、クリスマスプレゼント」
「……いいの?」
「ああ。サンタの爺さんじゃなくて悪いけどな」
「ありがと」
「どういたしまして」

 カレー以外のプレゼントをはじめて気に入ってもらえて俺もつい嬉しくなる。
 というかふわりとほころんだ笑みに脂下がっているというのが正しいのかもしれないが。
 すると甲太郎がポケットの中から何かを取り出し俺の手の上に乗せる。

「……あげる」
「俺に?」
「おれい」
「そっか……ありがとな」

 手の平の上の赤いセロファンに包まれた小さな飴玉に、自然と頬が緩む。
 俺の世界にほんの僅かな間だけいた小さな甲太郎はすでにその姿を取り戻したけど本人にその頃の記憶はないけど、俺は確かに覚えていて。
 元に戻ったことは単純に嬉しかったけど、でもきっと俺はあの小さな甲太郎にも、この甲太郎にも、たとえ今だけでもいいから俺のことを覚えていて欲しいんだと唐突に気づいて。

(まあ、忘れちゃうだろうけどな……)

 もしここが本当に過去で。
 この小さな甲太郎が俺の知っている皆守甲太郎の子供の頃だとしても。

「……そろそろ眠くなってきた?」
「……」

 ゆるゆると、横に振られた頭が静かに胸に当たる。
 時計は20時を回る頃だが、大きくなっても暇さえあれば眠っていた男だ。それに子供の仕事は眠ることだと思えば。
 
「甲太郎が寝るまでちゃんと傍にいるよ」
「……」
「そろそろ家の人も帰ってくる頃だろ?」
「……」
「甲太郎」
「……」
「ごめんな……一緒にいてやれなくて」

 だんだん傾いてくる頭を撫で俺の服を掴む小さな手をそっと包むと、俺の手の下でぎゅっと握り込まれる。
 けれど口に出しては何も、本当に言いたいことは何も言わないのは大きくても小さくても変わらなくて。
 そのことに。
 
「今度会う時は───会ったら、ずっとずっと、傍にいるから」
「……」
「───……たとえ甲太郎が嫌だって言っても駄目だって言ってもずっとずっと一緒にいるから」
「…………いわない。……………………いやじゃない」
「そっか、ありがとな。じゃあ約束───」
「……」

 寄りかかる重みが増して、俺の服を掴んでいた手から力が抜ける。
 最後の言葉が聞こえたかどうかはわからないけど。
 
「またな、甲太郎」

 眠る甲太郎の片手にはあの石がある。
 俺のポケットにも小さな飴玉がある。
 それだけで。






























 ……う。
 …………ろう。

「ん、んーあといちじかん」
「寝言はいいからさっさと起きろ阿呆九龍!」
「ぐはっ!」

 なんだ!何が起きた!?
 身体が衝撃に飛び起き慌てて状況を確認する。

(ここは……)

 相変わらず埃っぽい遺跡の中の───俺がトラップに引っかかった区画の部屋だ。
 そして目の前には。

「……ったく、人がせっかく心配してやれば気持ち良さそうにぐーすか寝やがって」
「ちょ、痛い、痛いよ甲太郎さん……うっかり天国のじーちゃんとばーちゃんが手に手を取って俺を底なし沼に引きずり込もうとっていうか甲太郎!?」
「……なんだよ」

 いつの間にこんなに大きく……じゃないええっとつまり俺の相棒。が、何かおかしなものでも見るような視線を俺に突き刺す。
 どうやら先ほどの衝撃はこの男の足から繰り出されたようで。

(ああ……)

「どーしてあれがこうなっちゃうのかな……」
「は?」

 うねうねの髪にいつも眠そうな目。だるだるの態度のわりにツッコミは重く鋭く容赦ない。
 今現在の俺の相棒は、アロマパイプを片手に、ごつごつした石の床の上で転がっている俺を呆れたような顔で見下ろしている。

「なんでもない」

 年月って残酷。
 と心の中でさめざめと泣きながら、微妙に強張った身体で立ち上がる。 
 
「……どのくらい寝てた?」
「5分も経ってねぇよ」
「そんなもんか……つーかなんか身体が痛い全体的に痛い」
「……転んだ時に打ったんだろう」
「でもこんなところにくっきりしっかり足跡が」
「自分で踏んだんだろ」
「いやあの心配してくれたのもわかるし俺を起こそうとしてくれたんだと思うんだけどでもそういう時は足じゃなくて手なんじゃないかな!」
「……悪かったな殴っても起きなかったんだよ」

(わあ殴ったのか)

 痛む頭を撫でつつ(つーか頭は殴ったら駄目なんじゃないか?勿論蹴るもの駄目だけど)小さな甲太郎の小さな手を思い出す。
 その小さな手がくれた、小さな、けれどとても大きな。

(あった)

「そーだ甲太郎」
「あ?」

 ベストのポケットから取り出した小さな飴玉を甲太郎の手の平に乗せる。
 いつもなら、いつもの甲太郎ならこんなところで突然こんなもの渡されたら、それこそきれいさっぱり一蹴だ。
 でも。

「メリークリスマス」

 飛んできたのは小さな飴玉。

「遅ぇんだよ、バカくろ」












メリークリスマスー(呪文)
100回繰り返すとそんな気がしてくるのでクリスマスです。
最終日に先生@アロマをひょっこり追い抜いて1位になったちみアロです。本編の伏線を回収しようとしてまた新たな伏線をうっすらと張ってみました。いつ回収されるのかはアロマ次第です(え).......2006.12.24


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