一ヶ月にも満たないわずかな期間とはいえ、この学校にも生徒にもそこそこ馴染んできた皆守は、二学期の終業式を終えたその足で屋上に向かう。
 雲一つない青空の下、じんわりとコンクリートを灼く太陽の熱も冬の寒さに溶かされ、けれどこの季節にしては暖かい空気にそっと息を吐いて、シャツの胸ポケットから銀色のパイプを取り出し火をつける。
 いまやただの嗜好品の花の香りがふわりと立ち上り、金属の手すりの冷たさが服越しに伝わってくるがそれすら何故か懐かしいような気がして。無意識に手がポケットの中を探る。

「……」

 触れた携帯には、メールも着信もない。

(あの阿呆)

 浮かんだ顔を即座に消しカチリとパイプに歯を立てる。
 学生時代ならこのままコンクリートの上に転がり惰眠を貪ったのだが、さすがにこの年になってまで、わざわざ寒風吹き荒む野外で眠るような真似はしない。
 どうせ寝るなら暖かい部屋で寝る。と結局のところ惰性は相変わらずで、そのまま踵を返しかけ。

「げ、皆守!」
「───先生をつけろ、高岡」
「あ、ちょうど良かった。はい先生、メリークリスマス!」
「は?」

 人の顔を見て驚くとはいい度胸だな。と中途半端な長さの茶髪に視線を走らせれば、その後ろからひょっこり顔を出したふわふわとした髪の男子生徒が皆守の手にそれぞれ紫のリボンとオレンジのリボンで可愛らしくラッピングされたクッキーを乗せる。

「とりあえず、食えるものですから」

 そう言ったのは手渡した本人ではなくその後ろで、さり気なく茶髪に蹴りをいれ退かした黒髪に眼鏡の生徒だ。
 まあ、調理実習であんこスパゲティやら芽キャベツのケーキをつくるような生徒だが、遺跡産の遺伝子組み合え食材を用い、剰えそれで料理をすることを『調合』と嘯く男よりは遥かにマシだろう。
 実際、その突飛な独創性さえ発揮されなければ極々普通以上ににうまい料理をつくるのだから(何度かカレー談義で盛り上がったことがある)味は問題ない。が。

「……どうしたんだこれ?」
「クリスマスですから!」
「あー……クリスマスか。なるほど」
「今日は俺んちでクリスマスパーティーです!」
「どうだ羨ましかろう」
「野郎3人でクリスマスパーティか?そりゃ、羨ましいな」
「ぬぬぬそういうお前はどうだったんだ!」
「何がだ?というか先生をつけろ」
「クリスマスだよクリスマス!どうせ寂しいクリスマスだったんだろう?今も昔も恋人どころか友達もいなさそーだもんな、センセイ」
「モテない男のひがみです。気にしないで下さい」
「そうそう涼の告白した子が皆守先生のこと好きだから拗ねてるだけなんで!」
「……」
「や、やめろ!そんな憐れみの目で俺を見るなー!」
「うるさい」
「ごふ」
「……」

 ぎゃんぎゃんと騒ぎ立てる高岡を拳一つで黙らせた原田と、それを見ても動じることのないマイペースな沢木というそれぞれの関係性になぜか既視感を覚え。

「……く、笑ってられるのも今のうちだ!」 
「悪い……いや、でも、おもしろいなお前ら」
「いやあ、先生ほどじゃあないですよー」
「……何気に聞き捨てならないことをさらっと言うよなお前」
「あはは〜それで、実際のところはどうだったんですか、クリスマス」
「裏切って殺しかけて死にかけた」
「浮気?」
「二股?」
「不倫?」
「修羅場?」
「三角関係のもつれ」
「あー……」
「なるほど」
「───おいまてなんでそこで納得するんだ!?」

 本気にされないと思った事実を明後日の方向に展開され、さすがに皆守もツッコミを入れる。

「なんとなく?」
「オーラ」
「少なくとも極々普通の恋愛が出来るタイプに見えないんですけど……」
「あのな……」

 それぞれ好き勝手に言い放つ教え子達に、げんなりと肩を落とし、このままでは根も葉もない噂が流れかねない。と思った皆守が口を開きかけたところで───。

「先生、鳴ってますよ」

 上着のポケットに入れていた金属のかたまりの自己主張に開きかけた口を閉じる。
 ほんの数秒で止まったそれはメールの着信を示し、明滅する光の色はたったひとりに割り当てられたそれだ。
 
「不倫相手?」
「違う!」
「じゃあ恋人ですか?」











I saw mammy kissing Santa Claus











「───どう思う?」
「……あのねぇ、先生。何も今それ言わなくてもいいでしょうが」

 これから突っ込もうって時に萎えるでしょ。
 と、口では言いつつもその動きが止まることはなく、そのまま突き上げられる。

「ぅあ、」
「それともなにか、お前は誰にでもこうやって足開くわけ?」
「───ッ」

 ねぇ先生。
 と、明らかにおもしろがっている口調で葉佩が顔を寄せてくる。

「……ん、なわけねぇだろ」
「そう?」

 目の前の、ろくなことを言わない口に噛みつけば、力任せに穿たれ、痛いと嘯く唇に塞がれ呼気ごと飲み込まれる。
 蠢く舌に眉を潜め、のしかかる躯を押し返そうと腕に力を込めようとすれば、やんわりと手を取られ指を絡めとられる。
 窓の外はまだ明るい。そんな時分から、何をしているんだろうと思わないでもないが。
 慣らされた躯は簡単に開き、思考はただ熱を追う。
 けれどその熱にすべてを明け渡すほど溺れるような年でもなく。
 目の前の、優男めいた貌をぼんやりと見上げる。
 黒い髪に黒い瞳。端整なつくりの顔に浮かぶ穏やかな笑み。
 あの頃はその仮面に救われ、無意識に甘え───その下にある本当の貌を知ろうとも、否、知ることになるとは思ってもいなかったのだが。
  
「それよりお前はどうなんだよ?」
「何?疑うわけ?お前の中にあるものを───……っていうかもしかして足りない?」
「ここに来たってことはそっちの仕事は終わったんだろッ…───」

 まあ久しぶりだからねー……とのほほんとした声音とは裏腹に、さらに激しさを増した動きに一瞬息を詰める。
 真っ昼間から何を盛ってるんだ。というのが正直なところだったが、ベッドに押し倒され服を剥ぎ取られ痩せた躯に乗りかかられても抵抗しなかったのだから同罪だろう。とは思うが。
 ただひとつ。
 気になることが。

「ああ、そのこと……勿論ミッションコンプリート。お前のお仕事もおしまい───よかったねぇ、年越さなくて」
「そう、か……ッ」
「そ」
「───ッ!!」

 だから余計なこと考えないで楽しんでよ。
 と、いっそ無邪気といってもいいような笑みを浮かべた葉佩に、余計なことなことじゃない。肝心なことだ。と声に出して反論できたのかどうか、そこから先の記憶は途切れ───。






















「……」

 次に目が覚めた時、外は暗く室内は白々と明るくベッドの中には皆守しかいなかった。

(……あの阿呆)

 ガキじゃあるまいし。
 と、思うように動かない身体に内心舌打ちしつつうつ伏せになる。
 真新しいシーツの感触に目を瞑る。
 散々色々されたりしたりした身体はいまだに熱を燻らせているがそれもどこか心地好い。
 そのままとろとろと微睡みに意識を委ねかけたところで───。

「起きてよ先生」
「……誰が先生だ」

 人を食ったような声音につい半眼で睨みつければ。
 スーツにネクタイという他所行き用の格好の男が眼鏡越しに皆守を見下ろしていて。

「お前だお前。皆守先生。可愛い生徒達が先生のお家まできてたわよー」
「───は?」

 驚きに目を見張る皆守の、寝乱れたままの前髪を梳きながら、どこか面白そうに言葉を続ける。
 こういう貌をする時はろくなことがない。と経験上知ってはいるが、それを止められるわけもなく。

「俺がレリドンの阿呆共を出し抜いて無事お宝をゲットレしたんだから、お前が教師としてあの学校に潜入してそれとなくターゲットを護衛をする必要もなくなったわけで。どうせ明日から冬休みなわけだし。速やかに撤収作業及び事後処理の確認の為にお前のアパートまで行ったら……ええっと、ひょろっと背の高い茶髪とふわふわな天パの子と護衛対象の」
「───高岡と沢木と原田が?」
「ああうんそーたぶんその3人組み。っていうかお隣に用があったみたいなんだけど───とりあえず『先生どうしたんですか?』って訊かれたから『駆け落ちするんだ。俺と』って言っておいたから」
「───は?」
「だから駆け落ち。どうせもう会うことなんかないんだし。クリスマスのサプライズってことで」
「───おい」
「そしたら『お幸せに』だって……」

 最近の子ってすごいねー。と、本気で感心しているらしい葉佩に皆守はげっそりとため息をつく。
 確かにもう会うことはないだろうが、それにしても、よりにもよってこの男と。
 駆け落ち。
 あの3人組がそれを信じる信じないはともかく(おそらく信じるのだろうが)
 駆け落ち。
 この人畜無害の仮面を被ったヒトデナシと?

「……だったらまだ複数の金融業者に追い立てられた挙げ句夜逃げの方がマシだ」
「そこまで嫌か俺と駆け落ち」
「嫌に決まってんだろう」
「突っ込まれるのはイイのに?」
「誰も頼んでない」
「そのわりにはいつも最後の方には自分から腰───」
「……何か言ったか?」
「いいえ先生」

 なんでもありません。と、葉佩は度の入っていない眼鏡を外す。

「……おい」

 上着を脱ぎ、ネクタイを緩めた腕がシーツを捲り、裸の肩を抑え仰向けにされ。

「まあ、そういうわけだから、駆け落ちの続き。しようね先生」

 まずいと思った時にはすぐ目の前に男の顔があり、それに気を取られた隙に両手を掴まれた。

「九龍ッ」
「なに先生?」
「ば、おまえ、ついさっき散々やったじゃねーか!」
「やだなぁ先生、あんなので満足しちゃったわけ?まだ若いのに、枯れてんじゃないの?」
「───なッ」

 にっこりと。
 いっそ爽やかと言ってもいいような笑みを浮かべながら───葉佩は解いたネクタイを皆守の手首に器用に巻き付ける。

「おいっ!」
「はいプレゼントの出来上がりーそれではゲットトレジャーミッションコンプリートハッピーホリデー?」
「九龍ッ!!」

 拘束された両手でもがいたところで、抵抗は弱い。逆に鎖骨から耳朶まで舐められ身体を震わせると、直接鼓膜に熱を吹き込まれ。

「───あんなんで足りるわけねーだろうこの馬鹿アロマ」
「───ッ」

 不遜な、けれどどこか切羽詰まったその声に。
 
(……)

 ついうっかり絆され、あろうことか可愛いかもしれない。などと思ったことを後悔するのはそれほど遠くない、未来。












ハッピーホリデーメリークリスマス(呪文)
と、ともあれ、9ronペケマスアンケ2位『先生@アロマ』篇でございます。
うっかり先生@アロマに票を投じてしまった方々、すみません。そしてありがとうございました!!(逃走).......2006.12.24


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