黄昏は遠く彼方に













 久しぶりに顔を見せた元《転校生》の《宝探し屋》は、ざっくりと切られた髪を整え、既製品ではないスーツに身を包み、異国の手土産を阿門に渡しながら、いつになく緊張していた。
 困ったような、けれどどこか真剣な、それでいて落ち着かない視線をさまよわせ、口を開いては閉じるという行為を繰り返してかれこれ五分。
 こういう時、いつも一緒にいる、現在の彼の相棒であり過去の己の相棒であった男がいれば「何見つめあってるんだ見合いか」と気だるげな声とは裏腹に神速の蹴り───それを世間ではツッコミと言うらしいということを阿門はつい最近知ったのだが───を目の前の男、葉佩九龍に叩き込むのだが。
 今、この部屋に彼の相棒───皆守甲太郎はいない。
 故に阿門は待つ。話がある。とめずらしく真剣な声音で己の前に立った男がその覚悟を決めるのを。
 ゆっくりと、何かを想うように閉じた目が開かれ、己を真っ直ぐに貫き、凛とした声が放たれる瞬間を。
 
「お父さん!息子さんを嫁に下さい!!」
「……」

 なんともいえない微妙な空気が流れた。
 むしろ重いような軽いような沈黙が落ちた。
 それこそ目の前でがばりと床に手をつき額をこすりつけるように土下座した男の勢いのまま。
 
「俺はお前に嫌われていると思っているのだが」
「……お父さんとか息子さんとかお嫁さんとかスルーなのっていうか思っているって現在進行形!?」
「……あの皆守がお前についていったのだから俺がとやかくいうことではないのではないか?」
「……正論ですがボケとかツッコミとかノリツッコミとかいやもういいけど……」

 と、葉佩の言わんとしている事に律儀の答えた阿門の前で、床に座り込んだままげっそりとした表情で葉佩が呟く。
 
「嫌いっていうか恋する男の勝手なジェラシーですよ負け犬の遠吠えですよっていうか嫌いじゃないです」

 今は。
 と、ついてもいない埃を叩きながら葉佩が立ち上がる。
 真っ直ぐに阿門を見たその貌はいつも通りで、先ほどの緊張など欠片も見えない。
 その様子になんとなく安堵を覚えつつ、先ほど感じた事を正直に口にする。

「……そもそも俺は皆守の父親ではないのだが」
「───いやもうまったくその通りなんですけどっていうかツッコミ遅いけどっていうかやっぱり天然すっとぼけなんだよねわかってたけどわかってたけど!」
「葉佩?」
「いやだからケジメ!俺一生甲太郎と一緒にいるからっていうことを誰かに言いたかっただけ!」

 だから人選マズッたのは俺だからお前にツッコミだなんて高等技術を要求した俺が悪かったからそんな可哀相な子供を見るような視線で俺を見ないで!

 と、相変わらず阿門にはわからないことを喚きつつ、せっかく整えた髪を片手でかき回す。
 落ち着いた色のスーツに合わせたネクタイを緩めソファの背もたれに腰を下ろした葉佩が、ため息をつく。
 そんな葉佩を見ながら、阿門はなけなしの知識を総動員し、こういう場合、最もよく使われる言葉を唇にのせる。

「───そういう時は『しあわせにする』と言うんじゃないのか?」
「さあどうだろう。ご存知の通り俺は《宝探し屋》ですから。そんな俺と一緒にいるんだから、辛い事も痛い事も死にかけることもあるんじゃないかな。むしろそんな非日常が日常になっちゃうわけでカレーとアロマと睡眠をこよなく愛する甲太郎にとってそれがしあわせなのかどうかは正直疑問なのですよ。でも俺はもう甲太郎を手放す気はないしっていうか甲太郎がいないと俺もう生きていけないし」

 だからもう甲太郎の事はあなた達の息子さんは死んだと思って諦めてください。ってホントは甲太郎のご両親に土下座して謝って罵られて水なんかぶっかけられてでももう好きで好きで俺が甲太郎君がいないと死んじゃうので俺が死ぬまであなた達の大事なお子さんを俺に預けてください。って言いたかったんだけど。

「……」

 阿門の沈黙をどうとったのか、知ってるよ。と葉佩は笑う。
 幾ばくかの罪悪感を内包する透明な笑みで。

「悪いと思ったんだけど調べたんだよね」

 甲太郎の親の事。

「俺ん家も両親が離婚して母さんはいまどこで何してるのかわかんないけどとりあえず生きてて、親父も時々豆腐の角に頭ぶつけて怪我しちまえって思うことはあるけど生きててここにくる前も軽く協会の一部がぶっ壊れるくらいケンカしてきたんだけどまあそれも生きてるからで。お前に誰かの人生を背負えるわけがないってあんただってバツイチのくせにって言ったらなんか切れちゃってあいかわらず大人げない親なんだけどそれでも、」

 甲太郎はこういうこと、できないんだなぁ。って思ったら、いてもたってもいられなくなってさー。

「お前の事思い出してかわりに言ってみた」

 ただの俺の自己満足だけど。

「お前がっていうか阿門が皆守のこと思い出してくれてよかったと思ってるよ。じゃないと俺、甲太郎と逢えなかったわけだし」

 だからお父さん、甲太郎をまるごとぜんぶ俺に下さい。

「……」

 茶化すような言葉だが嘘はない。
 本来その言葉を聞くはずだった皆守の両親はすでにこの世にはなく、そんな皆守を施設から引き取ったのは阿門の父親で。
 そしてその意志を阿門自身も引き継ぎこうして今がある。
 系譜の流れに引っかかった細い糸が絡みつき、それを越える絆がいつの間にかうまれ、その背中を預けることができるようになり、そして今、その細い肩を押すことが出来る。見送ることが出来る。
 
 生きて。

「───何度も言うが、俺は皆守の父親ではない」
「……」
「だが、友として───友人が生涯を共にする伴侶と結ばれるというのなら、心から祝福しよう。そしてそれは、」

 お前にも言える事だ。

「阿門……」
「ただもし万が一、皆守を泣かせるような事があれば、その時は───」
「……肝に銘じます“お父さん”」
「───何度も言うが俺はあのように覇気のない手のかかる我が侭な男を息子にしたおぼえはない」

 だからどこへなりとも連れていけ。

 と、半年前とは違う、やわらかい笑みを口の端にのせた阿門に、葉佩もつられて微笑う。

 だがこの数分後、阿門の私室で、まるで主のように振る舞う皆守の左手の薬指に鈍く光る指輪が曰く付きの《呪いの指輪》でその顛末を知った阿門が、先ほどの言葉を撤回したかどうかはまた別の話。












『父の日だから』という理由だけでこの日にupしようと思っていた『暁〜』から『黄昏〜』の新婚さんシリーズ(え)でお約束のあれをやってみました。
坊ちゃまは天然なので葉佩さんとしてはツッコミが足りなかったようですが、この後アロマさんに容赦ないツッコミをされるので結果オーライ(え)

補足としては阿門さん家と皆守さん家は遠い親戚で、施設に預けられていたアロマさんを引き取った。という経緯があります。これでは。
なので息子というよりは兄弟なのですよ葉佩さんと思いつつ。.......2006.06.18

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