野良犬と黒猫の、













「甲太郎!危ないから後ろ下がっててねー」
「……危ないと思う所に連れてくるな」
「葉佩っいっきまーす!」
「……」

 聞いちゃいねぇな。
 と、右手に銃を、左手に刃を持って(ふざけたことにそれは『食神の魂』と名付けられた)化け物───化人というらしいが───に無造作に突っ込む男の背を追うわけでもなく、壁に寄りかかってアロマに火をつける。
 薄暗い───それでもここの特異性を考えれば充分に明るい室内でちりりと燃える火とそこから漂う花の香りに息を吸う。
 季節外れの転校生はこちらの予想を裏切ることもなくやはり侵入者の一人だった。
 という事実にとりたてて何かを思うわけでもなかったが、しかし、これまで通り、秘密裏に処理されるはずの墓荒らしは今日も無駄に元気だった。
 転校初日に正体がバレ(胡散臭いことこの上ないが《宝探し屋》という職種の人間らしい)剰え、遺跡───《生徒会》が《墓》あるいは《山》と呼ぶそこに何の知識も関わりもない素人を連れ込み(相手が相手だからそれについては少しだけ同情するが)さらには《執行委員》───《墓守》を斃すのではなく解放したことに驚かなかったと言えば嘘になるが。
 義務感というには気まぐれすぎるその衝動のまま、着いていく。と言ってしまったことを後悔しなかった。といえば嘘になるが。

「おっしパーフェクト!」
「……なんだよ、もう終わっちまったのか」
「ああ甲太郎!見てた俺の勇姿!」
「あー眠い……」
「く、この万年寝太郎め」
「……いやなら帰るぞ」
「さー次行ってみよー!」

 初めてこの区画に入った時に比べれば、確実に無駄を削ぎ落としたその戦いを見るとも無し見ていた皆守の隣りに並んで、 葉佩がH.A.N.Tと呼ぶ端末を起動する。
 今日はクエストだけだから甲ちゃんだけね。と部屋まで押し掛けてきた男が、ここ最近、皆守以外の誰か(葉佩は探索に赴く時はバディと言っていたが)を伴ったところは見ていない。それは一番最初のバディで今でも仲の良い───八千穂であっても《黒い砂》から解放した元《執行委員》達であっても例外はなく。
 眠い怠いと愚痴を零すだけで探索でも戦闘でもまるで役に立たない皆守よりは、はるかに献身的で友好的な彼らを葉佩はほとんど連れてこない。それなのに皆守はほぼ毎回(例外はこちらの眼を盗んで一人で探索に出る時なのだが)つき合わされている───ということを男に関った人間なら誰もが知っている。知っていて、他人の感情には聡いはずの男が何も言わないから、結局、誰も何も言えないのだが。
 誰にも好かれ誰の為にでも一生懸命になる男がその実、その心を傾ける人間が、己である現実に皆守は自嘲めいた笑みをうっすらと浮かべる。

「なにどうしたの甲太郎ー」
「……いや」
「そう?いまものすごーくやらし―顔してたッ、て、どうしてすぐ蹴るのかなーこの人は」
「自分の胸に手を当てて考えろ」
「ドキドキしてますよすっごく」
「過労でとっととくたばれ」
「またまた心にもないこと言っちゃってー……俺がいないと寂しいくせに」
「───だれがいつそんな、」

 それはとても小さな音だったが。

「九龍ッ」
「動くなよ甲太郎!」

 惰性というよりは機械的な動きで葉佩が敵を屠る。
《墓》の中でも特殊な場であるらしいここは、敵の出現するタイミングも位置も不規則で、予測し難い。皆守ですらそうなのだから、ただの人である葉佩にはそれが致命的なミスに繋がらないとも限らない。 
 それなのに。

「怪我なんかしたらただじゃおかないからな!」

 何を言ってるんだ。というのが正直な感想だったが、この男言動がおかしいのはいつものことだ。
 皆守を好きだと真顔で言ってきた時は、何か悪いものでも食べたんじゃないかと日頃の───調合などと言って───元が何かをあまり深く考えたくはない物でつくる料理を思い出してとうとうやられたかと思ったりもしたのだが。
 一つ。二つ。と、醜悪な姿の化け物が断末魔をあげ小さな光となり消えていく。
 いっそ幻想的とさえ言ってもいい光景だが、その間も銃声と肉を斬り骨を断つ音が途絶えることはなく。
 
 転校生。侵入者。宝探し屋。墓荒らし。

「はいお終い」

 さして苦労もなく敵を斃した葉佩がついてもいない埃を払う動きで戦闘終了の合図とする。
 それは自分の気持ちを切り替えているようにも見えるし、放っておけばどこででも───たとえ何がどこに潜んでいるかわからない遺跡の中ですら眠ることのできる皆守への言葉なのかもしれないが。

「甲ちゃんおねむ?」
「……きもい」
「ちょ、失礼だな相変わらず!」
「どっちが失礼だ」
「甲太郎の方がレベル高いよ」
「何を自信満々に言い放ってるんだお前は」

 皆守より若干、背が高く体つきもいいくせに、わざわざ人の顔を覗き込んで小首を傾げる葉佩に冷めた視線を投げつければ、大して気にもしていないくせに、ぎゃんぎゃんと吠えたてる。
 それが鬱陶しくて軽く小突けば、痛い。と異形の攻撃を喰らっても平気な顔でいる男が少しだけ呻いて、すぐに甘い声で笑う。

「うんでも失礼でも無礼でも非礼でも……甲太郎ならなんでもいいって思っちゃうんだよ」

 俺って末期?と自嘲というには穏やかな笑みを閃かせ、葉佩が皆守の空いている方の手を取る。

「離せ」
「いいじゃんちょっとだけ」

 転校生。侵入者。宝探し屋。墓荒らし。
 
「だいたい、何が楽しいんだ」
「楽しいって言うよりは、しあわせ?」
「……幸せなのはお前の頭だろ」
 
 ───それは皆守が斃すべきもので。

「……甲ちゃんあのさー……わかってないと思うから言うけど、そういう顔、俺以外の誰かの前でしたらダメだよ?ねえホントにまずいよ色々。いくら甲太郎がだるだるなくせにみょーにカンがよくても防げないことってあるんだからね世の中。それに甲ちゃん、そういうの『まあいいか』で済ませてずるずると最後までいきそうだし。カレーに向ける情熱と愛と真摯さをほんのちょっとだけでもいいから他のことにも割り振ってよ。じゃないと俺心配で心配で迷惑だろうなーとか眠いんだろうなーとか飽きたんだろうなーとかわかってるんだけどわかってるんだけどダメなんだよやっぱり……」
「俺にわかるように話せ」
「話してもいいけど蹴らない?」
「聞いてから決める」
「それって結局蹴る気満々ってことだよね!?」
「さあな」
 
 相変わらず皆守にはわけのわからないことを悩んでいるような男はけれどその繋いだ手を離そうともせず。
 皆守もその手を振りほどくタイミングを逸して、おとなしくその手を引かれたままで。

「いいけど、蹴らないでよ?けっこう痛いんだよ?」
「お前がおかしなことを言わなきゃいいんだ」
「おかしなことかなー」

 その足が止まる。
 前を歩いていた葉佩が振り返り、繋いだままの手をゆっくりとあげ、絡めた指にそっと唇で触れる。
 真っ直ぐに、皆守を射抜く視線は強くそしてそれ以上に───。

「俺は甲太郎のことが好きでだから誰にもお前を見せたくないんだよ」
「……」
「……」
「……」
「……ってノーリアクション?」
「───阿呆か」

 転校生。
 
「アホ。アホって言いましたかあなた俺の一世一代の告白をっ!」

 侵入者。

「何が一世一代だお前それ昨日も言ってただろうが」

 宝探し屋。

「だって言っとかないとお前、全部、なかったこととかにしそうなんだもん」
 
 墓荒らし。

「もん言うなきもい」

 皆守が斃すべき者。

「うがあもうそんなあっさりスルーしてどこまで繊細で純情な男心を弄べば気が済むんだよ」

 転校生(いままでだって何人もいた)

「誰がいつそんなことした!」

 侵入者(何人も)

「お前以外の誰がいるっていうんだよー」

 宝探し屋(何人も)

「……誰にでも似たようなことほざいてるじゃないか」

 墓荒らし(何人も)

「あらあら甲太郎さんそれって焼き餅?」

 友人(誰であろうと)

「気持ち悪い声を出すな」

 皆守が斃すべき者。

「届けあたしの二酸化炭素!」

 宝探し屋。

「いらん」

 葉佩九龍。

「……」

 繋いだ手を決して離さない。

「───おい待て何だそのつまらなそうな顔は」

 皆守が。

「こういう時は叫ぶんだよ『ビューティーハンター!』って……」

 皆守の。

「……お前そのビューティーハンターとやらに風呂覗かれて半べそかいてたじゃないか」

 斃す。

「な、なんでそういうことだけしっかり憶えてるのかな」

 斃さなければ、

「せっかく人が気持ちよく寝てたのに無断に部屋に入り込んだ挙げ句枕元で鬱陶しい泣き真似した馬鹿のせいで次の日寝不足になったからな」

 斃さなければ、

「いつも通り重役出勤して屋上に直行した挙げ句放課後まで惰眠貪ってたけどね。まあ、いつも通りに」

 斃さなければ───。

「……言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ」

 たとえそれが。

「好きです結婚してください」

 目の前で笑う男であっても。

「寝言は寝て言え」

 常に傍らにいる男であっても。

「くっ───おぼえてろ、いつか、いつか、絶対『好きだ愛してる頼むから一緒にいてくれ』って泣かせてやるからな!」

 皆守が、

「知ってるか葉佩九龍───それは“妄想”というんだ」
 
 皆守の。

「ぐっ……て、手強いな皆守甲太郎」

 ───であっても。

「そんなことより本気で眠くなってきた……」
「ああじゃあ戻る?」
「……」
「そういえば顔色も悪いよね最近ちゃんと寝てないでしょう。甲ちゃんは寝るのが仕事なんだから」
「……どこのガキの話だ」
「さあ?自覚がないのが困りものだよね」
「その台詞、そっくりそのまま返してやる」
「なにそれ?」
「だからお前にはわからねぇよ」
「言ってみなくちゃわかんないでしょ?」
「……言ったところでお前には無理だ」
「甲太郎ってすーぐ自己完結するよねーそれは悪い癖よ?ほらほら言ってごらん、この優秀な《宝探し屋》であるこの俺に」
「だからさ」
「?」
「だからお前には無理なんだ───《宝探し屋》」

 転校生。侵入者。墓荒らし。墓守が斃さなければならない者。
 葉佩九龍。宝探し屋。親友。皆守が斃さなければならない者。斃せない者。
 しかしいつか必ず、斃される者。
 ならばせめて。 
 せめて。

(俺の───)












『消えてくれ』企画に投稿させていただいた品その2。
うさくろーさんのとタイトルを対にしようとして力尽きた一品(え)
これのリアルタイム実況を知ってる人はヘビーユーザーだと思います(笑).......2006.11.01

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