黒猫とうさぎの寓話













「甲太郎ってエロ可愛いよねー」
「そうか」
「そー」

 という爛れた会話を健全なる学び舎と同じくある食堂───マミーズの店内でしないでほしい。
 と、カレーにだけ意識を向けている、天パの男子生徒とその向かいでオムライスを頬張っている男子生徒以外の誰もが思ったのだが、口には出さなかった。

「ちなみにどの辺がと言うとだねーまずアロマパイプを銜えてる唇がエロいよねっていうか俺のも」
「それ以上何か言ったら蹴り倒すからな」
「……あとはあのだるだるののびきったセーターから覗く鎖骨。それは俺にか」
「それ以上何か言ったら蹴り飛ばすからな」
「……あとはなんといっても腰!細腰!触ると震える躯もそれを堪える貌もなんつーか、食べごろ?」
「どこの三文小説だというかいつお前が俺に触れることを許した?相変わらず妄想だけは逞しいなお前人畜無害な小動物みたいなナリに似合わず」
「へっへっへやだなー甲太郎、昨日の晩───」
「それ以上何か言ったら踏みつけるからな」

 天パの───以前からなにかと色々噂されていた生徒だが最近また様々な噂の渦中、の、近くでその名を聞くことが多くなったある意味有名な、できれば、進んで近づきたくはないタイプの生徒が、問答無用で不穏な気配をまき散らせば。

「……そういう夢を見ましたというか今でも夢見てるんですが甲太郎君」

 黒髪の───これまた季節外れの転校生として、その見た目のコンパクトさに見合った愛らしい、口さえ開かなければ、ずいぶんと可愛らしい外見の、しかしその外見を裏切る言動で様々な噂の渦中の存在である男子生徒が、ほぼ殺気に近い気配にあっさりと降参しつつも、最後の最後で悪足掻きをする。

「そうか。───しあわせだな、九ちゃん」
「お前が俺に心も身体もひらいてくれればもっとしあわせなんだけど」
「皮肉だ気づけそしてそんなことはこれから先いくら待っても有り得ないからな」

 地の底を這うような低次元な会話の内容が聴こえない場所にいる生徒達には、一見すると、それなりに見目の良い男子生徒が2人、仲良く食事をしているように見えるかもしれないが。
 素っ気ない態度で冷気を纏う天パの男子生徒と、それを笑顔でいなす、見た目はこちらの庇護欲をかき立てるような黒髪の生徒の、意外な本性をついうっかり知りたくもないのに垣間見ることになってしまった不運な生徒達にとってそれは総天然色の悪夢でしかないわけで。

「なんだとー夢も希望もないな少年。どうだ、お兄さんに身も心もまかせてみないか?」
「鏡の前に立って現実を知れ。……とりあえず、日本人の一般的な成人男子の、いいか、成人男子の、せめて平均身長くらいは超えてから言え」
「さ、差別だぞ甲太郎!俺の硝子のように繊細な心は傷ついたぞ!というわけでチューひとつでかんべんしてやる」
「事実だ自称146cm。なあ自称。100均で売ってるグラスかお前の心とやらは───なんなら俺が今すぐここで跡形もなく粉々にしてやるぞ」
「そ、それはダメだぞ甲太郎!俺以外の人間のいる場所で足を開くなんて!」
「なあ九ちゃん俺は今、日本語を喋ってるはずなんだが、そして目の前にいるのもギリギリ視界に入る程度だが一応、日本人のはずの同級生なのにどうしてこう、言葉が通じないような気になるんだろうな……」
「そういう時は手っ取り早く身体で語り合うんだ」
「ああつまり蹴っても踏んでも殴ってもいいってことか?正当防衛だよな?裁判やったら俺が勝つよな?」
「蹴られたり踏まれたり飛ばされたり投げられたり殴られたりするのは結構、本気で、痛いんだぞ」
「そうか、俺はお前の存在がとてつもなく痛い」
「でも無視されるのが一番痛いんだ甲太郎」
「……」
「それに俺は痛みには強い方だから平気だぞ甲太郎」
「強いといよりは単に鈍いんだろうが。……いいからとっとカレーを食え。今日は人参を残しても見逃してやるから」
「ほ、ホント!?」
「つーか、いい年して、人参が食えないっていくつだよ」
「そりゃピッチピチのにじゅ───18歳だよ」

「……」
 
 なぜかうっかりファンシーな花が咲き乱れた幻を見たような気がしたが。
 あれだけしゃべっていたにもかかわらず、いつの間にかオムライスをキレイに平らげられ、今度はウキウキとカレーライスにスプーンを突っ込んだ男子生徒を、カレーを食べ終わった男子生徒が食後のコーヒーを飲みながらその様子を眺めていて。

「……というかよく食うなそのナリで」
「体力が資本ですからー」

 時折、天パの男子生徒が目の前の、幾分、低いところにある黒髪を撫でたり、その手の動きにうっとりとカレーを食べている男子生徒が目を細めたり。
 
「……そのわりに育たねぇんだよなー」
「脱いだら凄いよ俺」
「訊いてねぇし見たくもねぇよ」

 素っ気ない口調のわりに表情は穏やかだったり。

「じゃあかわりにお前が脱いで」

 きわどい台詞のわりに、無邪気な貌で笑うその様を見て。

「なあ九ちゃん今すぐ俺の前から消えてくれ」
「イヤ」

 お前達が消えてくれ。
 と、相変わらず、2人の世界な天パと黒髪の男子生徒以外は思ったのだが。
 やはり、口には出せなかった。













『消えてくれ』企画に投稿させていただいた品その1。
146cm、25歳、童顔のトレハン通称セクハラ親父うさくろーさん初出(が他所様だって無謀にも程があるぜ).......2006.11.01


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