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葉佩九龍が風邪を引いた。 いったいどこの『葉佩九龍』だ。 と、一瞬理性が全力で現実を逃避したがいつもむやみやたらに元気なクラスメートがめずらしく落ち込んでいるものだからというか気が付けば他の面子からもお見舞いの品とやらを押しつけられ現在に至る。 「……」 わがままで自分勝手で好き放題やっている男の何がいいのか。 部屋の鍵を開け中に入れば、そのわがままで自分勝手でどうしようもない男は本当にベッドの中にいた。 認めたくない事だが部屋のドアが本人の意思に関らず開いた時には眠っていても起きる男が布団を被ったままこれっぽっちも目を覚まさないという事実にようやく、この無駄に頑丈な男も風邪を引くんだな。と己の認識を改める。 ともあれ、カーテンすら閉められていない部屋は明るく病人の様子を見る事に不都合はない。 強制的に持たされた数々の見舞い品の入ったビニール袋を床に置いて、皆守は掛け布団の間からわずかに覗く額にそっと手を近づけた刹那。 「───ッ!」 油断していたといえば否定は出来ないが。 眠っていると思っていた男が、具合が悪いとは思えない動きで皆守の手首を掴みそのままベッドの中に引きずり込む。 「はば、」 後ろから抱きしめるようにまわされた腕を振り払おうともがく皆守の首筋を熱の籠った呼気が撫で、突然の事に混乱した意識が状況の奇異さと同時に男の症状を思い出して、身体から力を抜く。 (……なんなんだ?) 正直わけがわからない。 わからないが。 「葉佩?」 そっと、自分を拘束している男の名を呼ぶ。 いっそただの悪ふざけであって欲しいという望みは、静かになった部屋にわずかに溢れる乱れた呼吸と首筋にかかる熱にあっさりと砕かれる。 どうやら本当に具合が悪いのだ。という事実が揺るがないことに遅ればせながら持たされた物の中に薬がある事を思い出し───。 (どうすりゃいいんだ……) 抜け出そうとしてみるがしっかりと腰にまわされた腕はびくともしない。 これが健康体なら蹴り飛ばすことに些かの躊躇いもないが、相手が病人だと思えばたとえ普段から無駄にセクハラをかます男であろうとも強硬手段には出られない。 となれば。 どうにか制服のポケットから携帯を取り出しボタンを押す。 別に知りたくもなかった番号だが、消すのも面倒なのでそのままにしておいたことが役に立った。 もっとも、これからのことを思えば暗澹たる気分になるが、背に腹はかえられない。 「───俺だ」 相手が何かを言う前に用件だけを手短に告げ電話を切った。 あとは相手が来るのを待つだけだ。 そうとなれば皆守が出来る事はもうない。 昼休みになる前に抜け出してきたから昼食も食べていないが、この分ではそれも諦めざるを得ない。 風邪が治ったら覚えてろよ。絶っっっっ対カレー奢らせてやる。 と、密かに誓って皆守は目を瞑った。 (……) カチャリ。と僅かな音に眠っていた意識が浮上する。 しかし目蓋が開くまでには至らない。 背中に感じる体温が不意に離れ、そのかわり、頭を撫でる手にとろとろと微睡んだまま皆守は頭上で交わされる会話を聞くともなしに聞く。 「……具合はどうだね?」 「……まあまあだ」 そういえばカウンセラーに部屋まで来るようにと要請したことを思い出し、ようやくきやがったかと安堵の吐息を漏らす。時間の経過が把握できないがあとは任せればいいだろうとわずかに身じろぐ。 「薬はどうする?」 「いらん」 「こっちだ」 「……」 制服のままベッドに引きずり込まれたためか、熱の籠った身体は思うように動かずぼんやりとしたまま意識が途切れそうになる。 「お前を倒すようなウィルスだぞ?」 「……」 「まさかと思うが、無自覚だったのか?」 「……」 「……まあ、お前も皆守も大したことはなさそうだ。栄養のあるものと水分と、皆守には薬も飲ませておけ───お大事に」 (……なんだ、大したことねーのか) ともすれば霧散しそうになる意識をかろうじて繋ぎ止め、会話の意味を拾う。ほとんどがすり抜けていったが、思ったよりしっかりとした男の声音とカウンセラーの言葉に、安心して、眠気に身をまかせる。 だから。 「───余計なお世話だ」 めずらしく子供じみた男の台詞は聞こえなかった。 |
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はばきち風邪ネタ。 葉佩さんはアロマの気配には起きないでルイ先生の気配で起きたのが密かなポイント。.......2007.07.23 ↑(ご意見ご感想ボケツッコミなどありましたらお気軽にどうぞ〜) |