A journey of a thousand miles starts with but a single step.












「あ、あのさ……」

 いつもは真っ直ぐに人を見る視線が、躊躇うように揺れるだけでククールは動けなくなる。

「おれ、」

 凛と澄んだ声がどこか不安げに溢れ───そして何かを決意したようにリューイは顔を上げた。

「お前の───」














- New year's day in the key of the year? -
















「───兄さんと結婚することにしたんだ」


「!!!」

 全身に衝撃を感じてククールは目を醒ました。
 混乱に拍車をかけるように鈍い痛みが感覚を刺激して現状が把握できず、落ち着くまでそのままの姿勢で目を瞑る。

 最も。
 今も昔も。
 寝起きが良かったためしなどないのだが。

(……なんつー夢だ)

 ため息とともに開いた目に映ったのは石造りの壁と。

(よりにもよってこいつが、)

 隣のベッドで眠るリューイ。

(あいつと)

「…………」

 無性に大声を出したい衝動に駆られたが、どうにかやり過ごして起き上がる。
 全身に感じた衝撃は単純にベッドから転げ落ちたからで。
 シーツとともに無様に床に転がったまま、起き上がる気力を根こそぎ持っていった夢の内容のせいではないと思いたいのだが。

(……新年早々最悪)

 薄いシャツ一枚ではどこか肌寒さを感じるのは夜明けが近いからだろう。
 つい最近まで滞在していた雪国では外はともかく建物の中は常に暖かく、かえってその気配を感じることはほとんどなかったのだが。

 心地よい静寂もそう思えばどこか切ない。
 寒い。という程ではないが縋りたくなるような気持ちになるのは。

(こいつのせいだよな−)

 鼻でもつまんでやろうか。
 と思っても実際、手が出ないのは、以前、つい出来心で伸ばした指をどこからともなく現れたポケットの魔獣。もといトーポに齧られたからで。

 連鎖的に嫌なことばかり思い出してひっそりと息を吐く。
 顔を覆う銀糸を煩わしげにかきあげながら、ぬくもりを失ったベッドに寄りかかる。
 そうなれば視界に映るのは、どこか幼さの残る少年の穏やかな寝顔で。

(にしてもなーどんな深層心理がからんでよーが夢だろーが世界が滅ぼうがこいつがオレ以外の誰かと結婚なんざぁありえねぇっつーの)

 ……同性同士で結婚云々は恋に生きる男、ククールには関係ない。らしい。
 そしてその想いがいまだに恋い焦がれる相手、リューイに正しく伝るどころか届いてないことも。あまり関係ない。らしい。

 まあ、いまはそれどころじゃないし。
 時間はまだまだあるし。
 オレ様男前だし。

 と、無駄に前向きな三段論法で自分を慰めてはいるが。

 それでも不意に。

 今は閉じられた目蓋の下の。
 安らかな寝息を吐く唇や。
 華奢な線を描く肩を。
 腕を。肌を。髪を。

(……)

 無意識に伸ばした腕がほんのわずか、彷徨って、躊躇うように開いた指を、ゆっくりと握り込む。

 他人の気配に聡いはずのリューイが。
 目を覚まさずにいることに。
 今は。

(なんか目も冴えちまったし、朝日でも拝みにいきますか〜)

 強張った体を解すように大きく伸びるとそのままの勢いで立ち上がる。
 上着だけをひっかけて音を立てないように歩き出し、入り口の前で宿屋の女将さんに軽く会釈をして外に出る。

(そーいえば前にも見たな。ここで)

 階段を降りて立ち止まるとちょうど太陽が昇ってきたところで。
 二つの大陸を結ぶ橋の上にあるこの街にいい思い出はあまりない。
 けれど。

「おはよう」
「……おはよう」

 ほとんど間を置かずに現れた気配にひっそりとため息をつく。
 ごく自然に隣に立ったリューイを盗み見て。何か言いたいことがあったはずなのに、今なら言えるかもしれないのに、 口から出た言葉は他愛のないもので。

「つうか寝癖」
「ククールもひどいよ」
「何、その袖」
「……直してる暇がなかったっていうか、タイミングっていうか、止められるっていうか……」
「どーりでいっつも捲ってると思えば……」
「うるさいな」

 いつもはバンダナの中に収められている髪がところどころ跳ねているのは仕方がないにしても、青いシャツの袖は長すぎだ。指先しか見えない。

「だいたいククールが───」
「……オレが?」

 どこか不貞腐れた表情で袖をまくり上げるリューイの姿に笑みを刻んだ口元が面白そうに歪む。
 喜怒哀楽がないとは言わないが感情の発露が希薄なところのあるリューイがうっかり口を滑らせる。というのはめずらしいことで。

こいつも寝起きは人並みにぼけぇっとしてるんだなぁと、どこか朗らかな気持ちになっていると。

「……『串刺しツインズはなんで茄子じゃないんだ!』とか言い出すから」
「……なんだよそれ」

 ため息とともにこぼれ落ちたリューイの台詞に地味に体が傾いた。
 そうだ。こいつはこういう奴だった。と、がっくりと力の抜けた声に、こちらもどこか憮然とした声が続く。

「……夢」
「夢?」
「うん。で、『オレは茄子の串刺しツインズを探しに行く』とか言ったところで目が覚めたんだけど、隣、ベッド空だったから、って。え?」
「───で、慌てて追いかけてくれたわけ?」
「や、違うけど。っていうか、」
「ところでなんで茄子?」
「それはたぶん、昔、城の図書館で見た古い文献で縁起のいい初夢っていうのに『茄子』っていうのがあって……だからなんでくっついてんの?」
「イヤ?」

 後ろから抱きついても投げ飛ばされたり雷が落とされなかったので、調子に乗ってその耳朶をくすぐれば。

「嫌っていうかもう慣れたっていうか……楽しい?」

 あきれたような、あきらめたような、声が光の中に溶けて。

「うん」

 寄りかかってきた体温を腕の中に収めれば。

「じゃあいいけど。あ、そうだ」

 肩越しに見えるその光景は。

「なに?」

 同じ、

「───今年もよろしく」
「……こちらこそ」














新年あけまして幾日か経ちましたがともあれおめでとうございます。
……新年早々生温い感じで……すが、よろしくお願い……してもいいですか?.......2005.01.04