a bolt out of the blue:ex-A-












 目の前にいるのは敵だ。
 たとえ、今の今まで仲間であった存在だとしても。

 己の前に立つ者は。

 敵。















Absolute decease















 クリスタルシティ。

 その名の通り、磨かれた歩道を軽い足音を立ててグレイは走る。
 ぼんやりと街を浮かび上がらせる月は生憎雲に隠れたがグレイには好都合だった。
 整然とした街並は裏路地に入ってもどこか閑散としていて。
 己のたてる足音とわずかに乱れた呼吸。
 いつもは気にならない名と同じ色の髪が汗で額に張りついて鬱陶しく思いつつも足は止めない。

 止めたら。


(冗談じゃない)


 不意に沸き上がった感情は怒りに近い。
 そして微かな、畏れ。

 絶体絶命の窮地とよばれるその瞬間瞬間を、生き抜いてきた自負も挟持もある。
 けれど。

 今ほど己を呪い、神に嘆きたいような気分に陥ったことはない。
 できることなら。

 あの忌々しい存在に縋ってしまいたくなるほど。 


(───!)


 意識と思考の狭間を何かが刺激する。
 それは本能に近いもので。

 足を止め前方を睨む。
 刀はない。

 それをどうとは思わないが。
 わずかな寂寥と自嘲の笑みを噛み殺し、全身で警戒する。
 余裕などない。

 目の前にいるのは敵だ。
 たとえ、今の今まで仲間であった存在だとしても。

 己の前に立つ者は。


「───グーレイ」


 どこか舌足らずな声音にぼんやりと鬼火が浮かぶ。
 建物の影から現れた紅い魔術士はその身に纏う色と同じ炎の術を得意としている。
 味方であれば頼もしいそれが。


「どーして、逃げるのかな〜」
「…………」


 どこか面白そうに響く高い声はいつもと同じで。
 けれどこちらを見据える目は炯々と輝いていて。

 あの掌で揺れる炎の威力を知っているからこそ、迂闊には動けないグレイにゆっくりと近づいてくる。


(どうする)


 高位の術を発動する余裕はない。だからといって素手では不利だ。
 向こうが本気な以上、こちらも本気でいかなければ……。


「───!!」
「あ〜おっしぃーー!」


 わずかな焦燥を灼く何かに反応してグレイは飛び退いた。
 その刹那、グレイの居た───正確にはグレイの影のあった場所に突き刺さった一本の矢を視界の隅に収め、後方を見る。

 いつの間にか雲は流れ、静寂に浮かぶ月の下に現れた少女は、きつく睨むグレイに表情を変えるでもなく、むしろ素っ気ないほど自然に弓を構えた。

 森で動物達と暮らしていた少女はその外見の通り、穏やかな生活を望んでいるのだが、だからこそ誰よりも弱く、強い。
 静謐を讃える双眸がわずかに伏せられ、だがその刹那の、真っ直ぐにグレイを見据える視線に迷いはない。
 そして、紅の少女は炎を纏ったまま。

 もはや言葉はなかった。
 月を背に立ち、グレイは静かに呼吸を整える。
 窮地になればなるほどどこか冷める思考が冷静に、時として無情なほど生き残ることだけをつかみ取る本能がわずかにさざめく。

 おそらく次はない。
 この二人を同時に相手にして無傷では終わらない。
 
 そしてそれは───。


 目の前にいるのは敵だ。
 たとえ、今の今まで仲間であった存在だとしても。

 だからこそ。


「え、」
「!」


 音もなく翻した背にかかる声を聞きながら階段を駆け上がる。
 クローディアもミリアムも弓と術、───その間合いは遠く、その距離の分、建物と建物の間の死角に気づくのに遅れ、それがグレイの唯一の活路となる、


「───ッ」


 ……はずだった。


「駄目じゃないですか」


 視界いっぱいにひろがった黒い影。
 決して油断していたわけではない。
 それなのに。


「さっすがエルさん!」
「……助かったわ」
「恐縮です」


 というか皆さん。夜更けに出歩いては危ないですよ。

 穏やかな笑みがすぐ間近にあってグレイは瞬く間にその身体を捕らえられる。
 逃れようにもその腕が膝裏にあてられ、うまくバランスをとれなかった上体が咄嗟にその首に手を回し───背中に添えられた手と足の下にある腕に座るようにグレイは───気配もなく現れた第三の伏兵、ラファエルにしがみつく恰好で抱き上げられていた。


「グレイさんも……こんな小さい子が夜なのに一人歩きなんて……」
「そーそーグレイ。こーんなちみっ子なんだから夜外に出たらダメなんだぞー」
「帰りましょう。アルベルトが心配しているわ」
「……」


 好きで小さくなったんじゃない。外見は子供でも中身まで子供じゃあない。
 そもそもこんな夜更けに逃げ出さなければならなかったのは。


「は〜いじゃあさっさと帰って続きしよー!」


 明るい声で先を歩き出したミリアムの手に握られている、


「だいったい、そんな顔で睨んだって今は怖くないんだからねー!グレイってちっちゃいとちょっとやんちゃなだけで可愛いのはかわんないんだからー!」


 青い、


「そうですね。私もグレイさんのように愛らしい子供が欲しいです」


 レースのついた、


「ちょっと聞いたーってゆーかごめんねー新婚さんなのに連れ回しちゃってー」


 ───リボン。


「いいえ。サルーインを倒す為ですから」


(お前達がその忌まわしい布切れで俺の髪を括ろうなどと言い出さなければッ)


 そう。ことは夕食時。
 色とりどりの───リボンを手にミリアムの言った一言が発端だった。
 満面の笑みで───信じられないことにグレイ以外の全員がそれに同意し、伸ばされた腕に手に思わず隣にいたアルベルトを犠牲にし、夜の闇に逃げ出してきたのだが。

 結局、見つかり、捕まり、こうして連れ戻されることになったのだが気は晴れない。
 

「でもその前にちょっと息抜きしようね〜」
「はい」
「せっかくわざわざ青いのにしたのにさーまあピンクも白も赤も黒もあるから全部試そうねー」
「……みつあみ」
「え?なにー」
「……おさげの三つ編みもどうかしら?」
「いいよーやっちゃおーでもとりあえずあたしとお揃いーv」
「…………」


 何故だ。 
 どうして女という生き物は他人の、しかも誰構わず髪を弄りたがるのだ。
 長かろうがもさもさだろうがふさふさだろうが毛先の色が違おうが砂漠に行ったら砂が混じって大変そうとか洗うのも乾かすのも面倒そうだとか個人の自由だ放っておいてくれ。
 
 そうは思っても口にする気力は既になく。
 何の因果か、悪魔の悪戯か、神の気まぐれか……子供の姿になっていいことなど何もないのだが、何故か、まわりにはウケがよく。
 さらに生来の気質と緊張が切れるとどうでもよくなる無駄な諦めの良さ災いし、もうどうにでもしてくれという心境なのだが。


「……グレイさん?」
「あっれー眠くなっちゃったのかなー」
「……中身はそのままでも子供だと体力がないから」
「ほらほらもうちょっとだからね〜アル君も待ってるぞー喜ぶぞ〜」


 どうしてそこでアルベルトの名前が出てくる。
 そうは思っても、次第に重くなってくる頭の片隅でぼんやりと浮かんだ感情は軽い音をたてて弾け。
 抱えられた腕の体温にどこか安堵しながら。

 閉じた目蓋の裏に残ったのは丸く大きな月の───。

 いつも傍らにある色だった。












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ちびグレです(笑)
実は前々からやりたかったグレイのもっさもさ髪の毛ネタ(爆)他所様で色々出てきて「しまったネタ的には古いか!?」と思ったんですが、ちみっ子だから反則オッケー(え)基本はやっぱりツインテールですよ(私信←ここでか)次点は三つ編みおさげ(これは立派な凶器ですから武器にもなりますよグレイさん)あとはきっと色々されるんだと思います。青いリボンなのはミリアムのせめてもの情けです(爽)
正直、結んでおかないと邪魔だと思うんですけど(面倒くさがりの経験談)でもあのもさもさがないとグレイ兄さんじゃないですから!もさもさバンザーイ!(黙っとけ)
そして相変わらず無駄にいいとこ取りなエルですがアルはみんなと違う方向に走り出したんだと思います(微笑)常時では役に立たないアルのグレイセンサー。非常時にはきっと役に立つと思いますんでそれまでお待ちください希少なアルグレスキーさま(はたしていらっしゃるのか……).......2005.06.22