「ジャァーック!!」
CTUのフロアに響いたその声に多くの人間は「ああまたか……」と思った。
思っただけで手は止めない。
数段すっ飛ばして階段を駆け下りてくる男はめずらしくシャツにスラックスと他所行き用の格好だったが片手に握りしめられている上着に何気なく視線を合わせてしまった面々はやはり「またか……」と思っただけだった。というかそんな毛だらけの上着をここで振り回すなよ。と何人かのアレルギー持ちと精密機器の囲まれた面子は思ったが、やはり声にはしなかった。
「ジャック!どこですか!?」
そんなまわりの様子に気づく事もなく───そもそも彼の目には上司しか映らないが───フロア全体に鋭い視線を走らせ、ここにはいないと判断したらしく通路の向こうに消えていく。
なんとも騒がしかったがそれも一時のことで、直接被害にあうこともなくなった職員は実は密かに感謝していたりもする。
あの気まぐれで気難しい上司の悪癖の被害を一身に受けるその部下に。
だが毎回毎回、上司の名を叫びながら仕事以外の事で走り回っている彼に同情する者がいないわけではない。
たとえば。
「いいの?」
「……何だが?」
ちょこんと。
膝の上から顔を出した虎猫の背中を無意識に撫でつつキム・バウアーが小さな声で父親に問う。
青い目が自分を見上げる姿は父親とはいえ素直にかわいいとは思うが、これが日常である娘は父親の部下のように流されたりはしない。
「パパ」
「……ソファの上に置いておく方が悪い」
「……」
オフィスに置かれたソファは父親のお気に入りだ。それは彼のテリトリーと同義でつまりそこで何をしようと文句は言わせない。というようにツンと顔を逸らす。
「あとでちゃんと謝るのよ」
「奴が俺を見つけられたらな」
ああつまり構ってほしかったんだ。とこのところ、大きな事件もなく暇を持て余していたらしい上司───しかし相変わらず報告書やらは溜まっている───に振り回される青年にひっそりとため息をつく。
(いちゃつくなら家ですればいいのに)
膝掛けの上で丸くなった父親とその父親に振り回される事がもはや生き甲斐となっている青年に関るなという暗黙の了解に沈黙を守りつつ、ごろごろと機嫌が良さそうにのどを鳴らす父親に。
この静寂がずっと続けばいいのに。と久しぶりに接した父親のあたたかさに小さく笑みをこぼした。
2008.01.01
頑張れチェイスのつもりがいつの間にかバウアー父娘話に……。
ちなみに娘は猫にはなりませぬー。
C:毛だらけ
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