「……」

 いい加減手が疲れてきた。
 というか面倒だ。
 つか飽きた。

 ジャック・バウニャーはデスクに肘をついてげんなりと息を吐きだす。
 目の前には書類。
 右も書類。 
 左も書類。
 
 そこまで溜めるんだからよっぽど好きなんですね。
 と静かに微笑んだ男の後ろにはおどろおどろしいオーラが立ち上っていて、さすがに減らしてくれとも延ばしてくれとも言えず。
 それでもチェックしてサインするだけだからどうにかなるだろうと思っていたのだが。
 繰り返し繰り返し。
 同じ動作を続けるというのも疲れるし面倒だし飽きたしと思考が延々とループしはじめたその時───。

(そうだ)

 彼をこれまで生かしてきた野生のカンが囁く。
 
「クロエ!」

(なんであれ“俺”のサインだとわかればいいんだ───)












 数十分後。
 大人しすぎるジャックの様子を見て来いと言われ何の疑問も持たずに彼のオフィスに足を踏み入れたチェイスはしかし扉を開けた姿勢のまま固まった。
 
「……ジャック?」
「なんだ」
「……何してるんですか?」
「見てわからないのか!」

 わからないから訊いてるんですというかわかりたくないから訊いてみたんですけど。
 という言葉は懸命に飲み込んで、チェイスは目の前の上司の手を凝視する。
 ぺたぺたと。
 インクと白い紙(チェイスが書かされた報告書だ)を往復する。
 金色に輝く前足を。
 
「ジャック……」

 ペタリ。と。
 黒いインクの付いた前足が。
 白い紙(繰り返すがそのほとんどを書き上げたのがチェイスだ)に落とされ。
 残されたのは───。

「これも“俺”のサインだろう?」

 黒い。
 足跡。

(今夜も徹夜か……)

 得意げにゆらゆらと揺れる尻尾とぺたぺたとつけた足跡をサインだと言い張る上司の姿に、チェイスは今日も家に帰れないことを悟った。


「何故だ!どうしてあれが認められない!!」

(そりゃ国家機密もんの書類に“猫足”でサインって宣戦布告と同じですよジャック……)

 勿論そんなファンシーな書類が受理されるわけもなく。
 労りに満ちた笑顔を浮かべたトニーに突き返され、インクで汚れた前足をチェイスに洗ってもらいながら憤慨するジャックの叫び声が響く。
 ある平和な、CTUの夜だった。



2008.01.30
どこの年賀状だよ。

C:にくきゅう


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