Wonder Boys LIfe
好きな人は?
と、問われ皆守は答えた。
『葉佩九龍』と。
(……面倒くせぇ)
何がどうしてこうなったのか。
4限目。
体育。
グラウンド。
本日の授業は、
「よーし!こい!甲太郎!!」
サッカー。
「いいのか九ちゃん」
「それはこっちの台詞だ」
何故かというかいつにもまして元気いっぱいやる気満々ゴールで構える九龍が、無駄に自信に満ちた貌で笑う。
その構えだけは中々堂に入ったものだが、鼓舞するように打ち鳴らした両手はグローブに包まれている。
いつの間にそんなものを。と思わないでもないのだが、それだけ本気ということだろう。
あるいは、普段の経験からか。
「この間みたいにいくと思うなよ!」
「…………」
(阿呆くさ)
ペナルティエリア付近でボールに片足を乗せたまま、皆守はげっそりと空を仰ぐ。
どこまでも高く澄んだ青い空は絶好の昼寝日和ではあるが、断じて、断じて、昼休み前の授業、しかも体育なんぞに出席する為ではない───と皆守は信じている。
不毛だ。
限りなく不毛だ。
何を好き好んで『PK対決負けたら好きな人の名前をみんなの前で言うこと』などという罰ゲームまで設定された下らないものをするハメになったのか。
勿論その原因は至極単純に目の前で本来の目的───授業だ───を軽く逸脱して生徒はおろか教師すら巻き込んだ挙げ句、異様なテンションでまわりを煽っている男以外にはいないのだが。
「さあ!リベンジだ!!」
つまりこの間、自分が似たようなシチュエーションでついうっかり真剣にあっさりと九龍のシュートを止めてしまったことがそもそもの原因らしく。
皆守自身はすっかり忘れていたのだが、いつものように屋上で微睡んでいたところに九龍がやってきて、めずらしく真剣な眼差しに何事かと思えば「リベンジだ甲太郎!」と吠えられなし崩しに連れてこられ───現在に至る。
「……」
不毛だ。
やはり不毛だ。
ならば。
(勝ちゃいんだろ)
こんなくだらない茶番は速攻で終らせるに限る。
皆守はポケットから両手を出し、ボールから足をおろした。
目の前に視線をやればゴール中央で不敵に構える九龍の姿がある。
ああ見えて運動神経は並ではなく動体視力もいい。身体に無駄な力は入っておらず、しかも簡単なフェイントには引っかかりそうもない。
PKは心理戦とはいえ、それでも上下左右、しかもコーナーギリギリを狙えば確率はあがる。
それにスピードが乗っていればさらにだ。そして皆守にそれは可能だ。
(つーか面倒くせェな……)
単純に左、右、下、上、中央。
(真ん中でいいか)
普通はキーパーの構えているど真ん中に蹴ることは心理的抵抗がある。
けれどだからこそキーパーが勘に任せて、あるいは見極める前に動いてしまえば───決まる確率は飛躍的に高くなる。
それに、たとえ九龍がその場を動かず止めたとしても、
(あの体重じゃ後ろに飛ばされるのがオチだ)
そう結論付けると傍目にはあっさりと───その実、渾身の力をボールに込めて蹴り込んだ。
九龍は動かなかった。
普段は見せない───少なくとも學園生活では見せることのない好戦的な笑みを浮かべて両手を前に出しボールを掴んだ。
皆守はそのままボールを止めきれず身体ごとゴールラインを割る九龍の姿が視えた。
視えたような気がした。
「───!?」
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
皆守ですら一瞬、我が目を疑ったほどだ。
「───どうだ」
結論から言えば九龍は、止めた。
それだけは誰もが理解した。
理解せざるを得なかった。
「……ムーンサルトセーブだ」
なんだそれは。
と、停止した思考が思わずツッコミを入れる。
普段、それを声で、あるいは実力で示す筈の皆守が黙ったままなので結局、沈黙だけが場に落ちる。
「───あれ?」
「デタラメだ」
拍手喝采を予想していたらし九龍の間抜けな声と、呆れ返った皆守の声にようやく停滞していた空気が動いて。
「デタラメにも程がある」
「なんだよそれ止めたんだからいいだろー」
「テメェの体重で普通止められる訳ねーんだよ。それをなんだ。バク宙だぁ?」
「そーそー俺の体重じゃ吹っ飛ばされるのがオチだからねってゆーか実際吹っ飛ばされそうになったし」
「……それでその勢いに逆らわずにバク宙して、もう一度、ボールを身体の前に、か」
「うわーさすが甲太郎」
「やっぱりデタラメだ」
「俺も読んだ時はありえねぇって思ったんだけど実際どーにかなるもんだね」
「……読んだ?」
「うん漫画」
「…………」
漫画かよ。
というツッコミは賢明にも言葉にされることはなかったのだが。
「ところで甲太郎」
「なんだ?」
「俺、勝ったよね?」
「……」
「勝ったよな」
「…………」
「勝 っ た よ な」
「…………そうだな」
じゃあ甲太郎の好きな人、教えて?
と、満面の笑みで、それこそ鬼の首でもとったような勢いで、九龍が訊き、冒頭の一言になったのだが。
「───え?」
言った方はいつもと変わらず───授業中だというのにポケットからアロマパイプを取り出し火をつける。
言われた方は言う前の嬉々とした笑顔があっさりと剥がれ落ち───どこか途方に暮れたような表情で突っ立ったまま。
怖いもの知らずというか恐いもの見たさというか、どうせ被害に遭うのは九龍ただ一人と学習していた他の面々は、予想外といえば予想外、予想内といえば予想内のその発言にまたもやフリーズする。
九龍が皆守を好きだと言うのは日常だ。
けれどその逆は───。
「───カレーパンを奢ってくれる九龍は好きだ」
……ある特定の条件を満たせば良くあることだ。
「も、もう一声!」
「俺の部屋からレトルトを盗まない九龍も好きだ」
「あ、後は!?」
「───ここから先は別料金だ」
「マミーズでカレー」
「いいだろう」
「…………」
すでに当初の目的をというか、会話の流れがそこはかとなく胡乱な方向へ走り出しているような気がしないでもなかったのだが。
急かすように皆守の腕を掴んで走りかねない九龍と、普段通りの気だるげな態度でその実、為すがままの皆守の後ろ姿にをついうっかり見送って。
今がまだ授業中だということに気づいたのはそれからしばらく経ってからだった。
2005.12.03
参考資料は某蹴球漫画(言うことはそれだけか)
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