「じゃあおやすみ」
そう言って九狼が離れる。
深夜とはいえ、人の気配は確かにあって。
寮。廊下。部屋の前。
(今、)
「おい」
「何?」
軽く首を傾げる仕草に長めの前髪ははらりと落ちる。
眼鏡の奥の黒い目も声も表情も、いっそ無邪気なほどで。
端正な顔立ちに落ち着いた物腰で下級同級老若男女問わず密かに人気の、しかし、一癖も二癖もある胡散臭い自称《宝探し屋》のひととなりを、知りたくもなかったのだが身をもって知ることになってしまった皆守ですら一瞬、何事もなかったと認識しそうになるくらいそれはとても自然で。
だからこそ。
「───なにしやがんだテメェ」
「何っておやすみのキス」
「……」
真顔で何をほざいてんだこいつは。
と、呆れ返って物も言えない皆守のその沈黙をどう解釈したのか、九狼が何かを思いついた顔で。
「……ああそうか」
───笑った。
「ちょっと足りなかったのかな?」
「───!!」
まずい。と気がついた時にはすでに遅く、レンズを通さない視線がふと揺らいで。
反射的に逃げようとした身体はドアに押しつけられ、項に添えられた掌の、他人の熱を感じた時には───。
(まてこらなにやってんだおい)
息が出来ない。
けれどその理由を原因を考えまいとして目を瞑る。
考えたら。
知ったら。
自分は。
「───甲太郎?」
その声に恐る恐る目を開ける。
滲んだ視界の向こうで眼鏡越しの視線がこちらを伺っているのを感じて。
不意に、沸き上がった感情のまま───。
「ってちょ、」
「───逃げるな」
「お、落ち着こう、な?」
「落ち着いてるとも」
「こ、甲太郎!」
「……なんだ」
時も場所も忘れて蹴りかかってみたものの、紙一重で躱され、怒りを孕んで低く唸る皆守に、九狼が、白旗をあげつつも、どこか面白そうな表情で言う。
「そんなによかった?」
「!!」
2005.11.18
基本九龍小ネタの九狼Ver.
九狼さんは最初から『甲太郎』呼び。セクハラは標準装備なのでこんな感じになりました……。
【clap】
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