アニバーサリーハッピーデイ


「……お前でも風邪引くことあるんだなー」
「……面目ない」

 体温計に示された体温と、目の前でぐったりとしている男を見比べて、皆守は小さくため息をつく。
 頑強な体躯に見合った体力をもつ男が、誰もがかかる病とはいえ、風邪で唸っている姿は───。

「……笑うな」
「笑ってねーよ」

 この男がいつも自分を構いたがる理由がなんとなくわかったとは言えず、皆守はベッドの端に腰を下ろす。

「飯、食えそうか?」
「食べる」
「無理すんなよ」
「無理でもなんでも食べないと治らないだろう……」
「まあな。つーか何が食いたい?」
「なんでもいい」

 というのが実は一番困るのだが。とは言えず、さらにいつもは三食カレーで文句を言わない男だが、さすがに病人にカレーを食べさせるわけにもいかず。
 自分が───情けないことだが───体調を崩すことはあっても、その逆はほとんどなく、実は病人を看病することに慣れてはいないということに些かの不安を覚えた皆守の背中でもぞもぞと動く気配がして。
 何気なく視線を落とせば、布団を頭まで被って背中を向ける九龍がいて。
 どこかまた具合が悪くなったのだろうかと思う自分と、こんな時でさえ、九龍がこちらを見てくれないということを気にする自分に戸惑っていると。

「……甲太郎」

 くぐもった声が、ぽつりと落ちる。
 熱に弱った、掠れた声だ。───声だけだ。
 短い、髪の毛の先しか見えない、大きな、布のかたまり。
 いつも無条件に注がれるあたたかい笑顔と大きな手が見えないだけで───。
 
「うつる」
「……今更だろう」

 弱っていても九龍は九龍だった。
 本当なら自分のことだけで精一杯なはずなのに、この男はいつもそうだ。
 いつも。

「飯食って薬のんでとっとと寝てさっさと治せ」
「……ん」

 唐突に溢れそうになった何かを持て余しながら、ぐっと息を飲んで、できるだけいつも通り振る舞う。
 やや強い力で上掛けを叩けば、溜息のような寝息のような声が溢れて。

「……30本」
「あ?」
「治ったら食べるからな」
「……」

 何を。と、問う言葉をパイプを噛んで飲み込む。
 プロップも火も入れられていないそれはただの金属だがそれでも。
 相変わらず九龍は壁の方を向いていてこちらを見てはいないがそれでも。

「甘いもん嫌いなくせに……」
「お前がつくるものは好きだぞ」

 その甘いものにわざわざ年の数だけローソクを立ててやろうと思っていたことは棚に上げて呟けば、熱に浮かされているはずなのにしっかりと聞き取った九龍が布団の中からぼそぼそとこたえる。

「だ、……ったらてめぇの誕生日に風邪なんか引いてんじゃねえよ」

 名前も年も生まれた日も。
 なにもかもでたらめなんだ。と、笑った男の貌を皆守は忘れていない。
 去年の。
 皆守がひとつ、年を取った日。
 真っ赤な薔薇を持って「おめでとう」と言った男を反射的に蹴り倒したその夜。
「じゃあお前はいつなんだ?」と甘やかされるだけの一時に流されまいと精一杯の意趣返しは、額に小さなぬくもりが落とされて、子供扱いするなと開きかけた唇を塞がれて。
 跳ねた鼓動ごと包み込まれ、大きな手が何もかも浚って。
 ゆるくうねる髪に絡まる指が熱より眠りを誘うように動く頃にようやく男が語った事実を。 
 皆守は忘れていない。
 だからこそこの他愛ないやり取りを───いい年した大人の、しかも男の。ということは目を瞑って───まるで普通の人のように、相棒の、恋人の、家族の生まれた日を。───2人で決めたこの日を。
 
「つまんねーだろ」

 治ろうが治るまいが、どうせ明日からはまた遺跡だ。
 そしてこの男はたとえ己がの体調が芳しくないとしても、平気な顔をして己の足で立つのだ。
 誰の手も借りず。
 非日常の日常にあっさりと戻る。
 それが。
 時々。
 
「そうでもない」
「……んな顔して何言ってんだよ」

 いつの間にか。
 九龍がこちらを見ていた。
 相変わらず顔色は悪い。意志の強そうな眉も心無しか下がっていてその下の双眸もめずらしくぼんやりとして。
 上掛けから覗く鼻の頭は微かに赤く、くぐもった声も平素に比べればどこか力がない。そういえば薬───と、目の前の男が弱っている病人ということを思い出したその瞬間。
 その病人が表情を緩めた。
 
「お前がいる」
「───ッ」

 熱に浮かされた病人の戯言と一蹴するにはその貌はあまりにも───。

「それだけでいいんだ……」

 熱に浮かされているのは皆守ではないのに。

「───ッいい訳あるか!飯食って薬のんでがっつり寝て治して明日の朝にはロウソク30本きっちり吹き飛ばせ!」

 吹き飛ばしたらまずいんじゃないのか、とか朝からケーキなのか、とか男がぼやいたような気がしたが、力一杯扉を閉めた皆守の、まるで誰かの熱がうつったかのように真っ赤になった耳には入らなかった。



2006.09.08
二日遅れの葉佩さん誕生日(一応誕生日9月6日設定)おめでとう話(これでも)
翌日、葉佩さんはしゃきっと治ってアロマがダウンでしょう(微笑)

【ローソクは30本】


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