愛・縁・奇・縁-黄龍篇その1-


『拾って下さい。』

 と。
 やけに達筆で書かれた張り紙がひらりと風に吹かれた。
 
「……」

 よくある話といえばよくある話。だろう。
 そのダンボール箱の中身が犬か猫なら。

(───ぬいぐるみ?)

 と、思わず胸中で呟いてしまったとしても仕方のないことだろう。
 薄暗い路地裏でうっすらと輝く表皮は金色。
 折り畳まれた翼に短い前足の間で眠る顔には、角。
 器用に箱の中で丸くなって、身体の半分を覆う尾が時折、ぱたりと揺れる。
 これが何かと問われれば爬虫類の一種。と答えるのだろうが。
 それより先に頭の中に浮かんだ単語がある。

 竜。
 というよりは『ドラゴン』と発音するような、本やゲームの中ではお馴染みのあれだ。

(捨てドラゴン)

 思わず脳裏に浮かんだそれに、ようやく我にかえる。
 道場帰りでアパートまでの近道と思って通った裏路地で、見つけてしまったファンタジーないきものはいくら目を擦っても、すぴー。と気持ち良さそうに、眠っている。
 そう。眠っている。

(……よくできた、オモチャ、じゃ、ねえな……)

 そっと、手をのばして触れてみれば、僅かに上下する肌は思っていたより冷たくはなく。
 小さいながらも鋭い牙の除く口元に指を近づけてみれば、微かに暖かい吐息が触れて。
 そして。

 カプ。

「……」

 噛まれた。
 指を。

 痛いと思うより先に、開いた目の、黒さに引き込まれる。
 全身金色という派手な外見とは対照的な、どこまでも深い、黒。
 それが。
 固まったままの自分を見上げ、パチリと瞬くと。
 
「……あ」

 ようやく痛みを訴えてきた指に濡れた感触が、この獣の、薄い色の舌だと認識した時には。

「───お前、」

 痛みも傷も消えていた。
 ただわずか滲んだ朱色が、確かに傷ついたことを、夢ではないことを主張していたが、それも、慰撫するように這った舌がきれいに舐めとって。

「……」

 思わず、濡れているだけの指を見つめ、それから。

 にぱ。
 という、擬音がつきそうな、目を細め、大きな口を開いて牙を覗かせ───もしかしたら笑っているのかもしれない、金色の獣を見る。

 パタリ。と尻尾が揺れ、さらに細められた目が、何故か、どういうわけか、「褒めて」と訴えているような気がして。
 もはや驚きを通り越して、この不可解な事態に慣れはじめている自分に苦笑しつつも、手を伸ばす。

 猫よりは少しだけ大きな頭を撫でると角の感触だけが堅いことに、いまさらながら、このいきものが現実に、今、いることをぼんやりと実感する。

 もとより考えるのは苦手な質だ。
 それよりも自分の目や感覚を信じる方だ。
 ならば。

(……まあ別に絶対にいないってことでもねーだろうし、竜の一匹や二匹いてもおかしくねーだろう)

 と、数年会ってない師の人間離れした技を思い出しつつ、意外と触り心地の良い獣の頭から角、そして無意識に猫にやるように喉を撫でると。
 
 ボフ。
 と、小さな音をたてて、獣が口から火を吐いた。

(───早まった、か?)

 思わず止まった手の下でごろごろ喉を鳴らしながら、獣はどこか嬉しそうにぱたぱたと尾を揺らしていた。



2006.01.10
名前出てませんがゴールドドラゴンは緋勇さんでうっかり拾う人は蓬莱寺さんです。そしてどうでもいい蛇足としてはこの後、京一さんは「火を吹いたから『ひーちゃん』」という名前にします。

【clap】


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