少年と魔王
「じゃ行ってくる」
「まて」
扉に手をかけおざなりとはいえ、一応声をかけ出かけようとする少年をこの部屋の主が呼び止める。
「あのな甲太郎」
黒髪黒眼。服装まで黒一色なのだが、それが不思議と似合う男はその体躯に相応しい低く穏やかな声で続ける。
「ここがどこかわかっているんだよな?」
「当たり前だろう」
ゆるくうねる髪と同じ色の双眸が何を言っているんだという風にちらりと男を見る。
「お前んち」
「……」
男より頭一つ分小さい痩躯がさも当然と答える姿に、つい額を抑えもはや何度目かわからぬため息をつく。
「あのな、甲太郎」
「なんだよ」
「《此処》はまだいい。だが、外は《魔》の巣窟なんだぞ」
「そりゃそうだろう。お前がその親玉なんだからな」
《魔王》の在る城の周りに《魔》がいるのは当然だろう。と少年は続ける。
「……わかっているのにどうしてそう簡単に外に出ようとするんだ」
少年───名を皆守甲太郎という人間がこの城にやってきたのは10日ほど前。
無論《魔》を統べる《王》の居城に好き好んでやってくる人間はいない。そもそも普通の人間が《此処》までやってくることは出来ない。深い森はただでさえ迷いやすく《魔》や《獣》が棲息している上に《城》の周りには結界が張ってある。
《最強》の名を持つ《王》にわざわざ歯向かうようなものはこの辺りにはいないが、それでも時々───《勇者》と名乗る《儚き者》……人間が辿り着くこともある。
この目の前の少年のように。
「そろそろスパイスが切れる」
「誰か他の者に取りにいかせる」
「ロゼッタで新作が出るんだ」
「甲太郎」
「なんだ」
「……甲太郎」
「……なんだよ」
はじめて少年がこの城にきた時通した部屋は「広すぎる」と速攻で却下された為、改めて用意したこの部屋での2人の距離は扉からテーブルとソファを挟んだ程度だ。
華美ではないがそれなりに贅を尽くした城の中では、明らかに不釣り合いな素っ気ない内装だがそれでもこの部屋は確かに住む人間の色が出始めそれは男───《魔》でありながら《竜》の名を戴く《王》すら染め。
「俺も行く」
あと数十年。
「ガキじゃねぇんだ1人で行ける」
永遠を生きる《魔》にとってそれは刹那に等しい時が過ぎれば消えてしまう命なのに。
「俺が一緒にいたいんだ」
「───ッ」
駄目か?と側により僅かに身を屈め問えば、勝手にしろという声を残して少年が扉の向こうに消える。
「待て甲太郎、だから1人は危ないと───」
「うるさいヘタレ魔王」
「……へたれ?」
なんだそれは。と思いつつも、少年の後を追う。
だんだんと小さくなるその姿に今度、機嫌がいい時に意味を訊こうと考えた為、少年の、ふわりと揺れた髪から覗く耳がわずかに朱を帯びたことに、自然と頬が緩んでいたことには、気づかなかった。
2007.04.05
常識派魔王@葉佩九龍(となんちゃって勇者@皆守甲太郎)
【でもヘタレ】
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