『wonderful world』小ネタsss


 小さい頃から皆守はなぜか犬や猫に好かれた。
 捨て猫捨て犬に遭遇する確率はかなり高くたとえ姿が見えなくても、その性能のいい耳はその声をひろってしまい───ひろってしまえば無視することも出来ず、仏頂面で玄関先に佇んでいる皆守の腕の中で鳴く子犬や子猫を見て、両親や年下の双子はまたかという顔をしながらも貰い手を見つける為に奔走してくれたものだったが。

「こーたろー」
「……」

 ぶんぶんと音がしそうな勢いで手を振る男の顔を視界に入れながら、パイプから煙を吐き出す。
 精神安定剤であるはずの甘い香りは一向にその役目を果たそうとしないのだが、カチリと歯を立てると一歩、足を踏み出した。
 以前、踵を返して無視を決め込んだ時、うしろから勢いよく抱きつかれバランスを崩しそのまま倒れ───たほうがまだよかったと思うくらい恥ずかしい目に───つまり倒れそうになった体を片手一本で支えられてしまったのだ───ということを思い出し、ならばおとなしくつき合うことにしたのだが。

「おまたせー」
「誰も待ってない」
「カレーパン買ってきた、屋上行く?」

 聞いちゃいねぇ。
 と、噛み殺した言葉を声には出さず吐き出して、目の前に立つ男の顔を見上げる。
 文字通り。
 9月という中途半端な時期に転校してきた男は同い年のはずなのに皆守より頭一つ分、高い。
 がたいもその長身に見合うつくりで、あまり手入れをしているようには見えない短い髪がところどころ跳ねているのだが、ころころ変わる表情のせいでどこか愛嬌がある。
 口さえ開かなければ格好いいのにね。けっこう人気あるんだよ。というのは最近、一緒にいることが多くなった女生徒の言葉だが、皆守にしてみれば異性だろうが同性だろうが容姿の美醜はどうでもいい。
 どうでもいいのだが。

「葉佩」
「九龍」
「……九龍」
「なに?」
「……」

 にこにこと。
 満面の笑みを浮かべ、迷うこと無く───皆守が着いてくることを疑うこともなく、前を歩く男のひろくしっかりとした背中をなんとなく見ながら。

《お兄ちゃんが優しいのはすごーくわかるんだけど》
《そんなに辛そうな顔するなら拾わなきゃいいのに》
《……んなこと言っても》
《とりあえず目をあわせない》
《声もかけない》

「甲太郎?」
「……」

 元気ないね。
 と、のばされた手を避ける間もなく。

「熱は無いみたいだけど」
「あるわけねーだろ」
「じゃあお腹減った?」

 年下の兄妹の説教を装った戯れに耳を傾けていた頃の教訓に。

「……そうだな」 
「俺いっぱい買ってきた。カレーパン」
 
 人間は含まれていなかったはずなのだが。

「だから今日もよろしくー」

 と間延びした声が耳元で放たれ、決して軽いとは言えない重みが肩にのしかかってきて。

《でも無理だろうねー》
《だねー》
《……》

 少しだけ違う声音の連撃に言い返せなかったたかが数年前がやけに鮮明に思い出すのは。

「甲太郎?」
「なんでもねぇ」

 いいからカレーパンよこせ。
 と、ぶっきらぼうに言えば、目の前の顔が綻ぶ。
 その顔に。

「お前、犬に似てるって言われたことないか?」
「───へ?」



2006.07.23
いぬろー序章の序章。

【拾い癖は治ってない】


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