残り香
長くもないが短くもない人生でまさか自分が《犬》になるなんて思いもしなかったのだが。
それでも悪い事ばかりではなくむしろ最近はいい事の方が多い。
まず《犬》だと皆守が優しい。
否、人であろうが犬であろうがああ見えて皆守は優しい。本人は決して認めたくはないだろうが、九龍がまだただの人であった頃から(というとなにかこう少しだけくるものがあるが)魔境と化した九龍の部屋の惨状に眉を潜め足を出しつつ、結局は皆守の部屋で寝る事を許してくれたり(フローリングに毛布一枚だったが雨風が凌げるだけでも上出来だ)なんのかんのいいつつ“夜遊び”につき合ってくれる。
それに加え、今では九龍が《犬》に変わる事を知っているのは皆守だけだ(両親除く)
第三者の前でいきなり《犬》になることはないが、それでも、まだ覚醒したばかりの九龍はどこか不安定でそういう揺らぎを感じさりげなくフォローするのはやはり、皆守だ。
けれど《人》の時の九龍に皆守は容赦をしない。これっぽっちも。
だからそれが結果的に九龍を救う事になったとしても、大概、手段が荒っぽすぎるので実はほんのちょっぴり複雑だったりする。
しかし《犬》の時は話が別だ。
九龍が、まだ仔犬であることを差し引いても皆守は動物には、……あまり考えたくない事だが九龍以外には優しい。というより普通だ。
何で俺だけ。と蹴りつけられたり蹴り飛ばされたり踏みつけられたりする度にぼんやりと思うのだが、相手にされないよりは遥かにマシであることも思い知ったので今ではそれもどこか嬉しかったりするのだが。
それでも《犬》と《人》ではだいぶ扱いが違う。
そもそも《人》の時はベッドで一緒に寝てはくれない。
むしろ朝、親切心で起こそうと近づいただけで蹴りが飛んでくる。
それが《犬》だと一緒の寝てくれるのだ。
たとえそれがただの湯たんぽがわりであっても九龍にとってそれは嬉しい事の一つだ。
ぬくぬくと鼻先を押しつけても腕の中で丸くなっても、皆守は怒らないし起きない。
今さら人の体温や心音が恋しいわけではないのだが、それでも、穏やかな寝顔や淡い花の香りや緩やかな呼気に九龍は胸のどこかがほのかに温かくなるのだ。
こんな安らかな皆守の姿が見られるのなら仔犬である事実もそれほど気にならない(この時だけは)
そしてもう一つ。
《犬》でよかったなぁと思うのは《人》の姿であっても皆守の匂いを辿る事ができるのだ。
甘い花の香り。
そしてそれに溶けた薄い体臭。
それを追えばその先に皆守がいるのだ。
覚醒する前も皆守の行く場所は屋上か保健室かマミーズかとわりとわかりやすいものだったのだが、今では迷う事無く皆守の元に辿り着ける。
けれど。
(いないなー……)
九龍には行けない場所が二つある。
たとえそこに、皆守がいるとわかってしまっても、行けないのだ。
(はやく)
戻ってきて欲しいと思うのに。
(食っちゃうぞカレーパン)
2006.08.13
いぬろーさんは『待て』が苦手なので早く戻って来ないとカレーパン食われるよ(そっちか)
【カレーパンカレーパン】
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