屋上の仔犬


 学校の屋上に犬。
 しかも仔犬。
 というありそうでない光景を目の当たりにして皆守は開けた扉をゆっくりと閉めた。
 フェンスの近くで(おそらく)空を見上げていた黒いかたまりがその音に反応して振り向き様───。
 突進してきた。
 それこそ弾丸のように。
 だから皆守は───。

 ゴウン。

「〜〜〜〜〜!!」

 避けた。
 以前。仔犬だと高をくくって避けなかった時、勢い余って後ろに倒れ痛い思いをして以来、皆守はもうその小動物を受け止めようなどとは思わなくなった。
 それなのに。

「阿呆か……」

 きゅう〜と恨みがましい目で黒い眼が見上げてくる。
 いったい何度目だ。いい加減学習しろ。そもそも人を倒しかねない勢いで走ってくるな駄犬。と、色々言いたい事はあったのだが、とりあえず。

「九龍」

 名を呼んだ。
 それだけで。
 痛みに(自業自得だ)泣いていた仔犬の顔が輝く。
 ちぎれんばかりに尻尾を振って、ゆっくりと歩く皆守の足元に戯れついてくる。
 ああこれで。
 ほんとうに。
 ただの犬だったら───。
 
「カレーパン」

 当然の事のように座り込んで、図々しく膝の上に乗り上がってきた黒い毛玉に告げる。

「……甲太郎はさーいっつもそれだよねー」
「他に何があるんだ?」

 溜息と同時に差し出されたカレーパンを受け取って目の前の男を半眼で見つめる。
 あの小さな黒い毛玉がこれになる。
 というかこの図体のでかい男があの小さな仔犬になる。というのが正しいのだろうが。
 小さくても大きくても九龍は九龍なのだが、この大きさで(人間の時は190cmを越える巨躯なのだ)目の前で無駄に落ち込まれると鬱陶しい事この上ない。

「だいたい、俺以外の人間がきたらどうするんだお前」
「───甲太郎の匂いがわからないわけないでしょー」
「……」

 それはそれでどうなんだ。
 と、ふっと深みにハマりかけたが所詮は胡散臭い自称《宝探し屋》でしかも犬になる特異体質(そういう種族らしい)の人間の戯言を一々真に受けていては身が持たない。

「それに甲太郎は《犬》の俺にはやさしいし」
「……」

 笑みを含んだ声が耳朶をくすぐって項に落ちる。
 
「だから《犬》のままでいようかなーと思う時もあるんだけど、こういうことしたい時はやっぱり《人》の方がいいよね」

 と、額に落ちた唇が皆守のそれに重なった。



2006.08.15
『屋上の子猫』に続く?

【蹴りオチは!?】


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