屋上の子猫


 触れた唇は温かかった。
 と、思う。
 曖昧なのはその後の蹴りが強烈だったからで。
 というか蹴る前の皆守の貌が反則だった。と九龍は冷たいコンクリートに倒れつつもしっかりと目に灼きつけたその貌をもう一度思い起こす。
 怒った貌や困った貌、或いは皮肉げな、気だるげな、そういう笑みは見た事があったけれども。

(人間、怒った時も笑うんだなー)

 と、しみじみと。
 年相応の、何の他意もなさそうな笑顔にときめいたなんて口が裂けても言えない。
 特に皆守の前では。
 言ったら最後、墓の中でも罠にひっかっかったわけでも墓守にやられたわけでもないのに《宝探し屋》の死亡を確認されてしまう。
 それだけは避けたい。というか色々な意味で洒落にならない。
 本当に。
 と、密かに溜息をつきつつ肩の重みに意識をとられる。
 その皆守が。
 眠っている。
 のだ。

(わーどうしよう俺)

 そう意識した途端、なにやらいたたまれない気分に陥って思わず視線を彷徨わせる。
 本当に。
 洒落にならない。

 ───己の気持ちをはっきりと自覚した今となっては。

(恋なんて、)

 もっときれいであたたかいものだと思っていたのに。

(どうしようどうしようどうしよう)

 触れた唇は温かかった。
 と感じる間もなく離れたのに───。

(もっともっとキスしたいってありえないって!)

 俺も甲太郎も男!と心の中で拳を握ったところで、意外とやわらかい髪やあどけない寝顔やほのかに香る甘い体臭や肩にかかる重みとすこやかな呼気の溢れる───。

(だからどこ見てんだっての俺!)

 動きたいのに動けない。
 というか動きたくない。
 けれど。
 もっと。

 そのやわらかい髪に瞼に頬に肌に唇に。
 甘い香りに幾重にも包まれたその心の奥に。
 触れたい撫でたい───暴きたい。
 
(まずい)

 本当に。
 
(どうしよう)

 本当に。
 
(ごめんな甲太郎)

 ───逃がしてやれそうにない。



2006.08.15
というわけで『屋上の仔犬』の続きもどき(なんとなく『残り香』から続いてるような……)
つーわけでいぬろーさん自覚篇(爆)

【やっぱり蹴りオチ】


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