アロマちみっこネタsssその3
「甲クン、何描いてるの?」
昼休み。
屋上。
『屋上の支配者』はその姿を変えても健在らしく、コンクリートの上に置かれたスケッチブックにクレヨンでなにやら描いているのを後ろから覗き込むように八千穂が問う。
「皆守クン」と言うと本人が認識するのに時間がかかりだからといって「甲ちゃん」と“ちゃん付”すると機嫌を損ねるので(その辺りは小さくても男なんだと葉佩は笑っていたが)八千穂はこの小さな皆守甲太郎をそう呼ぶ。
小さいと言っても比喩ではなく本当に子供なのだ。
しかも元高校生。
元高校生というかとりあえず無気力無関心カレーとアロマの匂いしかわからないとはいえただの18歳の不健康優良児が何の因果で子供の姿でここにいる経緯は長くなるので割愛するが、ともあれ、小学校にすらあがっていないであろう姿の現在の皆守甲太郎はスケッチブックから顔を上げ、やはり小さくても皆守なのだなと思うような、どこか眠たげな顔で(それを葉佩は「夢の中にいるような」とよく言っているがあながち間違いではないのだろう)八千穂を見る。
大きな皆守には絶対に有り得ない可愛らしさに思わず抱きしめたくなったが、以前、そうやって、泣かれそうになったことを思い出し(どうやら他意はなくどうしたらいいのかわからなくなったらしい。あとで葉佩と一緒に謝りにきた)、ぐっと堪え、かわりに、
「じょうずだね〜」
と、スケッチブックに描かれた、辛うじて人?と認識できる、稚拙な絵を褒めるふりをして頭を撫でた。
この年代の年頃の子供にしては上手だと思ったのは掛け値無しの本心で───むしろそれから十数年後(つまり本来の皆守)のアレが信じられないのだが、ともあれ、それで小さな皆守の機嫌は少しだけよくなったらしく。
「……やっち、」
「え?あたし!?」
スケッチブックの真ん中の、明るい色で描かれたそれには確かに薄い緑色のリボンがしっかりと描かれていて。
「じゃあ、こっちは、白岐さん?」
こくん。と微かに頷く仕草に、じゃあ、これは?と指差せば───。
「……あもん」
「じゃこの人」
「やまと」
「これは?」
「おかま」
「こ、こっちは?」
「まめいぬ」
「……駄目だよ九ちゃんの真似しちゃ」
この小さな甲太郎に何かを教えるのは葉佩の役目で(葉佩が小さかった時皆守がそうだったので)だから自分のことを「やっち」と舌足らずな口調で呼ぶのはかまわないどころか大歓迎なのだが、他のことに関していえば葉佩語は子供の情操教育に適していない。むしろ悪い。そしてそれをわかって教えている葉佩は ───と、そこまで考えて、そういえば、と気になっていたことを口にする。
「九ちゃんは?」
何も知らない子供によくないことを平気で教え、探索の時には生徒会長に小さな皆守を預け、けれど意外としっかり面倒を見ていつも一緒にいる筈の葉佩らしい姿が見えないことに、少しだけ不安をおぼえた八千穂だったが、その言葉に、小さな指先がすっと落とされたところを見て、思わず、目を見張る。
そこに描かれていたのは。
黒い───。
「くろう」
「こ、これが九ちゃん?」
「うん」
と頷く小さな皆守に他意はない。
むしろどこか嬉しそうに微笑むものだから。
「葉佩九龍ただいま参上ー!おー甲太郎、元気にしてたかー!」
「してた」
「そーか!よし、じゃあ飯にしようぜ───って、何これ?」
「くろ」
「くろ?」
「くろう」
「くろう?俺?」
「そう」
「そう───って犬じゃねーか!!」
「あははっ!九ちゃん最高!!」
「やっちまで!?」
「いいじゃん!甲クンはくろが好きで九ちゃんが好きなんだよね!」
こくん。と無言で頷いた仕草に大げさに嘆いていた葉佩も、その葉佩をバシバシ叩いていた八千穂も、ぴたりと動きを止める。
なんだろうこのいきもの。
というかなんでこんなに可愛いのがたかが十数年であんな可愛らしくないなまけものになってしまうのか。
(どどどどうしよう!皆守君が微笑んでるよ!しかもほわ〜って感じ!)
(邪気のない皆守の笑顔!っていうか大好きオーラ出てるよやっち!俺どうしたら!!)
アイコンタクトで会話を交わす二人をよそに、小さな皆守は、クレヨンをケースにしまいスケッチブックを閉じる。
隣りの家で飼われているクロはその名の通り真っ黒でおとなしかったが、ここのくろは大変やかましい。
けれどそれが不快ではなくむしろ───。
「九ちゃん!皆守君がうとうとしてる!」
「あ!」
その日の夜。
例によっていつものごとく阿門に預けられた小さな皆守が、やはり昼と同じように問われ同じようにこたえ、人間扱いされてない。と解釈した阿門が葉佩に密かに同情したのはまた別の話。
そしてその阿門と小さな皆守の仲睦まじい姿を見て、葉佩がいい知れぬ敗北感に打ちのめされたもの、また別の話。
2006.04.04
ちなみにこのちびくろちみあろまはできあがってないどころかバッキーがアロマに恋してない話なので大きい皆守を可愛いなどとは思っておりません(爆)
【くろう=クロ(犬)方程式】
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