大型犬と仔猫の恋愛を見守る10のお題
3-Cの教室で生暖かい目で見守ってます。


 眠い怠いが口癖の年下の同級生がふらりと教室に現れたのは、3時限目が終わり4時限目が始まるまでの10分程の休憩時間だった。
 しかしそれはめずらしいことではなかったし、常日頃のこの男を思えばむしろ早い方だ。
 けれど。

「甲太郎」
「……あ?」

 いつも気だるげで、ぼんやりと微睡んでいるように見えるがその実、反応は悪くない。どころか、かなりいい。
 それが。

「……なんだよ」

 どこか茫洋とした声がぽつりと落ちる。191cmあるとはいえ、椅子に座っている葉佩の視線は立ったままの皆守を見上げることになる。
 見下ろされることに新鮮な気持ちをおぼえつつ、それ以上に今、気になっていることを確かめるべく、手をのばす。
 そしてそれは半分予想通りで半分予想外の結果を出した。

「───ッ!」

 無造作に掴んだ腕を引くと、何の抵抗もなく皆守の体が傾き、このままではぶつかると思った葉佩がその体を反転させると、うまく勢いを殺して膝の座らせる。

「……甲太郎、お前」
「……」
 
 教室にいた誰もが蹴りか罵倒が飛ぶと思った刹那、蹴られるはずの葉佩の大きな手が、蹴るはずの皆守のクセだらけの前髪の下に滑り込み、額に当てられ。
 
「熱があるぞ」
「……熱?」

 そのまま耳朶の下に這わされた手が首筋を辿り、力なく投げ出されたままの皆守の手に添えられる。

「自覚してないのか?」
「あー……」

 葉佩の胸に背を預けたままの皆守が、いつにも増して怠そうな声を漏らせば、微かに苦笑して、ゆるく腰にまわされていた手が、宥めるようにくせ毛を梳く。

「……いつもより怠いような気はしてたんだが、」
「───どうしてそんなに具合が悪いのに来るんだお前は」

 めずらしく盛大な溜息をついた葉佩と、その葉佩の膝の上に大人しく座っている皆守に、父親と子供のような、ある種の微笑ましさを感じていた3-C一同の間に、その子供の方が爆弾を落とした。

「……お前が、」
「ん?」
「お前が来いって言ったから……」
「……」

 熱っぽい声の語尾が擦れ、そっと伏せられた目蓋がゆっくりと瞬いて、

「……………………地上最強カレー……」
「……………………」

 学校来たから、奢ってくれるんだよな?

 弱々しくも、どこか満足げに微笑むと、今度こそ皆守は力尽きたとでもいうように目を閉じる。

 カレー。
 やはりお前はカレーか。
 カレーの為なら命を張るのか皆守甲太郎。

 ぐったりともたれ掛かってきた皆守の重みと、それと比例するようにしんと静まり返った教室内で、皆守以外の心がひとつになったのを感じながら、葉佩がそっと声をかける。呆れ半分、労り半分のどこか諭すような低くやわらかい声を苦笑に紛らせて。

「わかった。わかったから甲太郎、その前に保健室に行ってルイ先生に診てもらおう」
「……」
「───今食べたとしても、味がわからないぞ」
「…………」
「甲太郎。カレーは逃げない。お前が治るのを待ってくれる」
「……………………」
「───ちゃんと治したら地上最強でも究極でも至高でもなんでも奢ってやるから」
「………………ぞ」
「ん?どうした?」
「……絶対だぞ」
「ああ。だから、……立てるか?」
「……無理っ、ぽい」
「───ここまで来たんだから、あと少し頑張れ甲太郎」
「…………嫌だ」
「……」

 嫌だってお前な。というかそういうキャラだっけ?という誰かの心の声が聴こえてきそうだが、仕様がないな。と呟いた葉佩の行動に、当事者達以外の全員の時間が止まった。

「甲太郎?」
「……」

 右手を脇の下に、左手を膝の裏に入れ、葉佩が皆守を抱き上げるのと同時に立ち上がる。
 そして腕の中の存在を確かめるように名を呼ぶ。けれど呼ばれた方は、本格的にダウンしたらしく、身じろぎ一つしない。もしほんの少しでも正気が残っていれば、許されなかった行為だけに、葉佩は内心ホッとしつつも、ここまで体調が悪化しなければ素直にならない年下の同級生の頑さにそっと溜息をつく。

 腕の中の重みは思っていた以上に、軽い。
 けれど。

「八千穂」
「え?何?」
「俺はこのまま甲太郎を保健室経由で寮に戻るから、雛川先生に伝えてくれないか?」
「あ、うん。ええっと、───大丈夫?」
「ああ……思ってたより軽いから片手でも平気なくらいだ」
「へ、え?」

 カレーばかりしか食べないからかな?
 と、冗談とも本気ともつかない台詞を呟く葉佩の背中に「お大事にー!」と声をかける八千穂の後ろで。

「つーか、片手?」
「……俺、はじめて皆守に同情した」
「俺も」
「……いいなぁ」
「───え」
「八千穂、」
「え、何?」

 なんなんだあいつら。

 と、おそらく当事者以外の誰もが思った素朴な疑問に、その当事者の一人でもある、お団子頭の少女はあっけらかんとこたえた。

「だって葉佩クン。皆守クンのお父さんだもん」

 せめてお兄さんにしてやれよ。
 と、同い年にしては大人びている同級生の広い背中に、なんとなく同情しつつも、反論できない3-C一同だった。



配布元『大型犬と仔猫の恋愛を見守る会』
2006.02.11
10 minutes theater. 191Habaki Ver.
犬猫というよりお父さんと子供になりました(号泣)
いやでもこれ、体格差de大型犬と仔猫ですから常時(暗示)
一応、『お題』をつくったんだから書いてみようキャンペーン玉砕。
そんなわけで『お題』は場所さえお題の所なら、中身はなんでもよいですという見本でございました……。

【clap】


・top
・novel
・home