駄犬五題
01.「待て」ができない
「
……」
葉佩九龍が元気がない。
それは皆守がカレーに興味を示さないことくらい異常なことで。
だから八千穂は訊いた。
その体躯を持て余し気味に机にへばりついて半分以上魂を飛ばしている級友に。
「どうしたの?」
「……甲太郎が口をきいてくれない」
「……」
なるほど。とか、やはり。という思いが3-Cの教室全体にひろがる。
ここまで予想通りだと何かつまらないというか拍子抜けというかそんな思いがこみ上げてくるが、それでもめずらしくどんよりとした空気をまとわりつかせている級友の姿に胸が痛むのも事実なので、八千穂は葉佩の机のそばにしゃがみ込んで、その性格と同じく奔放に跳ねる髪を撫でる。
「九ちゃん、なにかした?」
「したって言うか……俺の部屋、今、すんごい散らかっててそれで甲太郎の部屋に」
「無断で入ったの?」
「うん。だってあいつ寝てたし」
「それで寝てる皆守君に───」
何を訊く気だ八千穂明日香。
と、期待と不安を胸に3-Cの心が一つになりかけているのを知ってか知らずか、相変わらず八千穂に頭を撫でられている葉佩が力なく笑う。
「声なんかかけられるわけないから、床で寝たんだけど」
「床で?一緒じゃないの?」
「うんだってあのベッド小さいし俺寝相悪いし一回学校に誘いに起こしに行ったんだけど近づいただけで足が飛んできたから眠ってる甲太郎には触らないよ俺」
絶対に。
と、固い声で続けた葉佩にああこいつでも学習するんだなと、失礼なことを考えつつ、大半の人間の興味は薄れる。
この時点で結果はもう見えたも同然だ。
「で、結局どういうことなの?」
「いやだから俺が勝手に甲太郎の部屋で寝てたのが気に入らないらしくて」
「……」
そりゃあそうだろう。
と誰もが思ったのだが口には出さない。
「おはよう。って言ったのに窓から蹴り落とされそうになった」
「……九ちゃん」
「俺、何が悪かったのかなー」
全部だろう。
と、誰もが思ったのだが、やはり口には出さない。
ここで真っ当な意見を差し挟んだところで、この図体の大きい転校生の行動が改まるとも思えず、しかも目下、その被害はここにはいない話題の主に限られているので。
ただでさえ全寮制でしかも胡乱な規則に縛られている一般生徒達にとって人の不幸は蜜の味───……否、葉佩と皆守のでこぼこコンビが巻き起こす(皆守ははなはだ不本意であろうが)騒動は対岸の火事───……一種の娯楽のようなもので。
だから。
「そっかー……」
大変だったねー九ちゃん。
と、相変わらず葉佩の頭を撫でている八千穂だがその仕草は同級生を慰めているというよりはむしろ───。
「でも大丈夫だよ」
根拠のない自信は八千穂の得意技でもあるのだが。
立ち上がった八千穂をどこか縋るような目で見る葉佩に───。
「皆守君。動物にはやさしいもん」
「……」
それはフォローじゃない。
と八千穂以外の全員が内心ツッコミを入れたが、葉佩に見えるはずのない獣の耳や尻尾を見た3-C一同は深く頷いてしまい、だるい気配をまとわりつかせたまま重役出勤をした飼い主、もとい、皆守が教室のドアを開けるまで生暖かい空気に包まれていた。
配布元[リライト]http://lonelylion.nobody.jp/
2006.07.23
まだ《犬》になる前のいぬろー君のお話。というか「いぬろーって?」という方にかいつまんで補足「この葉佩さんは後、真っ黒な子犬になるのです」以上(それで終わりか!)
【190cmの子犬です】
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