暫く沈黙が続いた。
 葉佩は皆守の背後を相変わらず同じ歩調で歩いていた。そしてその視線を背中に感じながら皆守は地面を見つめて歩いていた。
 皆守の視界に小さな粉が舞い降りる。

「やっぱり降りだした」

 葉佩の言葉に少し顔を上げた皆守は、やっとその白い粉が雪だと気づいた。
 そして慣れた手つきで細かな装飾の入ったパイプを掴み咥えなおす。

「甲太郎、手袋は?」

 皆守が手袋をしていないことに今頃気づいた葉佩の問いに「必要ない」と即答してみたものの、長い時間パイプに添えていた左手は体温を失い悴んでいた。

「ほら、この手袋貸してあげる」

 そういって背後から差し出した皮製の手袋を「いらない」と皆守は押し返した。
 しばらく葉佩は哀しそうに押し返された手袋を眺めていたが、やがて何かを思いついたらしく再び「じゃーこうしよう」と悪戯を企む子供のような表情で前を歩く皆守と肩を並べ、冷たくなった左手を掴んで自分のコートのポケットに一緒に入れた。
 思いがけない行動に唖然とする皆守に「ほら、暖かいでしょ?」と笑う葉佩。
 咄嗟に引き抜こうとしたが、ポケットに入れられた手は強く握られていて抜けなかった。
 何を考えているんだ。こいつは。と、理解に苦しみながらも皆守はそれ以上の抵抗はしなかった。
 その行動に呆れながらも嬉しそうに並んで歩くこいつの体温をもう少し感じていたいと思ってしまった。
 こいつの性格は確かに人々に愛されるものかもしれない。少なくともこいつの言動は周囲に影響を与えた。それは皆守も例外ではない。たった数ヶ月の間、一緒に日常を過ごしているだけで刺激され、感化された。内側に常に新しい風を吹き込まれ、胸の奥底に蓄積されて濁っていた水が静かに流れ出すのを感じた。
 今だって握られている左手から伝わる温もりと一緒に、自分の中に溜まっていた蟠りが薄れる気がする。
 皆守は歩くことを忘れたかのようにジッとその場に佇んだ。
 自分が一般の生徒であれば。葉佩が転校生でなければ。
 今までそう何度も思い続けてきた。
 多分、葉佩は皆守のそんな心情など理解していないだろう。
 いや。理解できるはずがない。肝心なことは何も知らないのだから。

 しかしそう遠くはない未来、知ることになる。
 この居心地のいい場所を与えてくれるこいつの手を離さなければならない。
 こいつが作ってくれた俺の居場所を自分で壊すことになるだろう。

 心の中で今までと同じ結論に行き着いた頃、いやに大人しい皆守を心配そうに覗き込む葉佩の視線に気づいた。
 皆守は慌てて葉佩のポケットから手を引き抜き、幾分温まった手をパイプに添えなおした。
 そして「帰るぞ、九ちゃん」と言い残して寮に向かって歩みだした。
 寮への帰路を歩みながら皆守は心の中で呟いた。
 
 
 だったら最後まで一緒に。
 
 例え最後は俺自身の手で終わりを迎えようとも。
 
 最後まで一緒に歩みたい。

 と。



 ***


「甲太郎、あのね」
「あぁ?」
「部屋に帰ったら渡したい物があるんだ。この間の休みに八千穂と一緒に選んだんだけど、気にいるかな?」

 後半の方は独り言に近かった。
 持っていた紙袋を心配そうに覗きながら葉佩は聴きもしない八千穂との秘密をバラし、一人勝手に先週の経緯を話し始めた。

 その日、今まで散々皆守が悩んでいた事は案外あっさりと解決をむかえていた。

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2007.02.01
P*Life Plus』の紅月さまからいただきました

アロマが可愛い。これにつきます。
そして葉佩さん一人称『僕』にくいつきました。『俺』も使うそうです。そして見た目ほど紳士ではないそうです。
他所様の葉佩さんは格好いいなぁと思いつつ、最後になりましたがありがとうございました。


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