A betrayer's meal poor apple pie02
「《姫》だの《王子》だの……ただのガキじゃねぇか」
少なくとも《王子》───目の前で眠っている、癖の強い髪の、極東の島国から来た東洋人は。
と胸中で付け足して、冷めた視線を落とす。
探索組と待機組にわかれて十数時間。
すでに日は落ち、簡単な夕食を済ませた後は見張りを残してそれぞれのテントで待機中なのだが。
その中でも一番大きい───機材の置かれた天幕(葉佩に与えられたものだ)の、折りたたみ式の簡易ベッドに横たわる青年の傍らで、男が暗い笑みを浮かべる。
簡単過ぎてかえって拍子抜けだ。
実際、葉佩達が遺跡の中へ消えてからすぐに天幕に引っ込んで惰眠を貪っていたらしく、夕食時に現れた時にも半分以上眠ったままの状態でうとうとしながら食事をとる姿はどう贔屓目に見てもただの───この場には不釣り合いな世間知らずの若造で。
その時は同じロゼッタの《宝探し屋》として(皆守はバディ扱いだが)それとなく注意を促したのだが。
かえってきたのは唸るような低い声。
『俺だって好きで寝てたわけじゃない』
と憮然とした表情で遺跡の入り口を睨んだその貌や気だるげな仕草で唐突に悟らされた事実に、本気で仕事も何もかも投げ出したくなったのだが。
中に入ったのは《女王》とその《騎士》達という事実はイコールでそれなりに危険を伴う難易度であることに、本来の目的の為にも、その仕事のしやすさという意味でも待機組にまわされた事を密かに悦んだものだが。
あの年中無休、24時間花の咲いているような《姫》のご機嫌を伺いながら行動を共にするよりは、まだ、甘やかされ放題の青年───と呼ぶのも躊躇われるような《王子》と呼ぶのもいい加減疲れてきた、皆守と行動を共にする方がマシだと思っていたのだが。
バカップルはたとえその一方だけでも変わらないらしい。と、無防備に眠る男の顔を眺める。
名前は確か『皆守甲太郎』───あの《女王》が「こーちゃん」などという甘ったるい声で連呼するのでフルネームよりは《王子》の揶揄めいた通り名の方が知れ渡っているのだが。
癖の強い髪にいつもどこか眠たげな双眸、ふわりとかすかに漂う甘い花の香りに、荒事とは無縁そうな痩躯に覇気のない気だるげな言動───これでどうして《宝探し屋》のバディなどやっていられるのか。
半年ほど前に葉佩とともに本部に姿を現しその場でバディの契約を結んだことは知られているが、その前の経歴が真っ白───調べた範囲ではロゼッタに来る前はただの学生で、それをいきなり《宝探し屋》のバディとして認めた協会も協会だが───忠実なる《騎士》を気まぐれで従えることはあっても、基本的に一人で遺跡を踏破するのがロゼッタの《悪魔》あるいは《狂犬》《鴉》《獅子》《狼》《人形》《魔女》《竜》───《黒い天使》幾つもの貌を持ち気まぐれで残酷な慈悲と無邪気さで幾多の命と遺跡と秘宝を手に入れてきた葉佩九龍が唯一側にある事を許したのが、まるで何も知らないただの子供。という事実に誰もが驚き様々な憶測が飛び交ったものだが。
しかし、そのバディが役目を果たした姿は誰も見ていない。
むしろ《女王》がバディを遺跡の探索に伴う事に難色を示し、《騎士》どもにその身を護らせている始末で。
それ故《王子》などとやっかみと嘲笑の対象として揶揄られるわけだが。
ともあれ。
今この場に、《王子》を溺愛する《姫》はおらず、その忠実なる《騎士》共もいない。
いるのは。
夕食の時に手渡されたコーヒーを何の疑いもなく口にして、それに入れられていた薬で眠っている《王子》のみ。
そして男の本当の仕事は───この青年をとある組織の人間に渡す事。
眠りから目覚めた《姫》の唯一の弱点である、眠り続けている《王子》 を。
「……」
目を覚まさないことをそれとなく確認して、男が手をのばす。
探索組が帰ってくる気配はまだないが。
それでも。
何も知らない《姫》とその《騎士》が戻ってくる前に。
「───!」
「……遅ぇ」
茫洋とした声が静寂に落ちる。
閉じられていた眼がぼんやりと開かれ、夢と現を彷徨っているような声音だが手首を掴む力は、強い。
「あんまり遅いんで本当に寝るところだったじゃねぇか……」
「なっ、」
悪ぃな。薬は効かない体質なんだよ。
と、笑みさえ浮かべながら青年、皆守甲太郎がゆっくりと上体を起こす。
男の手を掴んだままの手と反対の手に握られたM92FMAYA。
「俺の気が変わらないうちに、吐いてくれると助かるんだがな」
口調も態度も何もかわらない。
相変わらず眠たげな双眸、気だるい仕草、ただその視線だけがひんやりとかわいた熱を孕んで。
パイプを銜えてない唇が微かに、嗤う。
《姫》のきまぐれで傍にいる事を許された甘い香りを纏うだけの凡庸な《王子》
めずらしい玩具と大してかわらない意味しか持たない───暇つぶしの、情人。
いまでは下世話な噂でしかその存在を語られない、ただの男。
それが。
「掃除は嫌いじゃないんだが、血ってやつは落ちにくくてな」
面倒くさい事は嫌いなんだ。
と嘯く仕草にいい知れぬ不安が沸き上がる。
まるで。
「───裏切り者はお前達の他にあと何人いるんだ?」
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