Kurou Habaki anniversary Ver.
「……」
去年の今日。
俺はあいつの誕生日だということを全く知らなかった。
というか自分の誕生日さえあいつが大騒ぎしなかったらそのまま過ぎていたはずだった。
そもそも誕生日を祝う習慣もなくそれにこだわる歳でもない。
だから自分のも他人もの全く興味がなかったわけで、日付がかわったとおぼしき時間───夜中だ夜中───バイトで疲れて爆睡していた俺に何かがのしかかってきて、勿論、そんな馬鹿な真似をする人間は一人しかおらず、反射的に蹴り落として「今日俺誕生日なのに……」と床に踞っている男の泣き言を一蹴してそのまま寝て、起きたらベッドサイドで体育座りをして朝(正確には昼だが)から陰鬱な気配を纏っている男に気づいて、そういえばと思い出して昨夜の奇行のわけを問い質して(起き上がった途端抱きつかれ理由を聞かない限り放してくれそうになかったんだ)、ようやく、今日が、この男の、抱きついたどさくさに服の下に手を忍ばせてきた恋人の誕生日だということを知ったわけだが。
だからと言って俺に出来ることはとくになく。
朝から盛っている(本人曰く昨夜からだそうだがんなこと知るか)馬鹿を蹴り倒してバイトに出かけ、帰ってきたらまだ凹んでいるあいつを一喝して(電気もつけず暗い部屋でぶつぶつ何事かを呟き続けている姿ははっきり言ってうざかった)カレーを食べて(それで機嫌がなおるんだから現金な奴だ)せまいベッドで一緒に寝て目が覚めたらもういなかった。
結局あいつは何しに帰ってきたんだろう。といつにも増して怠い身体で、わずかに残るあいつの気配に首を傾げつつも、結局はそれが、突然やってきて突然いなくなるあいつと俺の“日常”で。
(……)
そう。
突然やってきて突然いなくなるのはいつものことで。
まめにメールやら電話やらしてくるかと思えば平気で数ヶ月音沙汰無しということもいつものことで。
寂しいだの愛してるだの逢いたいだの飽きることなく紡がれるメールの最後に辛うじて記された日に帰ってこないことも、まあ、めずらしいことではなく。
《甲太郎》
携帯越しの従兄弟の声はめずらしく静かで。
《九龍が》
(知るかよ)
俺のバイトの日程しか書き込まれていなかったはずのカレンダーに、いつのまにか奴のスケジュールが記されはじめたのもつい最近で。
《絶対、絶対帰ってくるからね!》
《あーはいはい》
《何その気のない返事!》
《お前のその“絶対”は当てにならないからな》
《いや今度こそは絶対!必ず!リベンジだから!》
《なんだよそれ……》
《去年の俺の誕生日は見事にスルーされ今年のお前の誕生日も気がついたら終わってて、ちゃんとお祝いしてないんだよ!》
《……二十歳にもなって誕生日なんか祝って何が楽しいんだ?》
《楽しいよ決まってるだろ俺と甲太郎の愛のメモリー!》
《リセット》
《ぎゃーッ》
6月26日。
赤いマーカーでこれ見よがしに存在を主張する恥ずかしい記号に囲まれた数字と、空欄に書き込まれた『絶対帰ってくる!』という文字と沈黙したままの携帯。
そのディスプレイに浮かぶ時間はあと1時間もすれば日付が変わることを示していて。
昨日までの着信履歴に奴の名前はない。
(いいけどな……別に)
胡散臭い《宝探し屋》などという生業の男の言う言葉など、いちいち信じていたらこちらの身が持たない。
それはわかっていたはずなのに。
《甲太郎、九龍から連絡はあったか?》
《いや……何か用か?》
《そういうわけじゃないんだが……》
従兄弟からの電話は唐突でむしろ事前に連絡があればいいほうで。
また何か仕出かす気かと外見に反して破天荒な中身の従兄弟が、どこか歯切れの悪い口調で告げた内容の馬鹿馬鹿しさを、いつものように笑い飛ばせなかったのは。
《俺の知り合いがな、揃って不吉なことを言いやがるもんだから……》
《知り合い?》
《忍者と魔女と陰陽師》
《……》
《どいつもこいつも……九龍が死にかけてんじゃないかって……》
お前の蹴りをうけてぴんぴんしてんだからそう簡単にくたばるわけねぇのになぁ。
と、途端にくだけた口調で、それでも、帰ってきたら一緒に飯でも食おうぜ。と締めくくったのは、それでもやはりどこか気になっているのだろう。
従兄弟自身が人ならざる力を有していることは知っている。
そしてその仲間達も。
それに。
(言われなくたってわかってる)
あの閉ざされた空間ですら奴は何度も死にかけた。
その度に平気なふりをしてわざとふざけて馬鹿げた言動でその事実から目を逸らそうとしていた。
だから俺は気がつかないふりをしていた。
今もそうだ。
メールも電話もない空白。
俺の前に現れる時はすでにその形跡すら伺えず。
俺にそれを問うきっかけすら与えず。
ならば。
(無事なら)
それだけで。
「た、ただいま……」
next
・top
・novel
・home