Bad Dog No Biscuits 前


「止まれ」

 その声に、皆守は足を止め振り返る。
 銜えたままのパイプに軽く歯をたて、つい緩みそうになる口元を引き締める。
 振り返った先には、見覚えのない男たちが、3人。
 正面に一人、その斜め後ろに一人、最後の一人はこちらに背を向け、どうやら通りの向こうを見張っているらしい。
 観光地としても名高い所だが、一歩でも裏通りにでも入ってしまえば、紙切れよりも薄い安全はあっさりと破られる。
 それを承知で足を踏み入れた皆守だが、目の前の男たちは、単なる強盗にしては、些か、行儀が良すぎる。
 即物的な粗悪さはなく、訓練された、荒事専門の、
 
(マニュアルでもあるのかよ)

「皆守甲太郎だな?」
「……」

 目の前の男が構える銃を一瞥して、皆守は気づかれないように力を抜く。
 片手をポケットに突っ込んで、もう一方はだらりと下げたままの姿は、緊迫感の欠片もないのだが、目の前の男たちが何かしようものなら即座に対応できるだけの緊張感だけは辛うじて残している。
 それでも男たちには、事態の深刻さを捉えきれない愚かな獲物に見えるらしく、嘲笑の気配が僅かに起こる。
 あるいはこの、一見すると、荒事には無縁そうな、線の細い東洋人の、行く末を思っての、憐れみか。
 どちらにしろ、日本語ならともかく、英語で恫喝される憶えは、皆守自身には、ない。
 ───が。

「……だったらなんだ?」
「《CLAW》はどこにいる?」
「……」

 どこにいるも何も通りの向こうの建物の中で帰りの足の手配をしている。
 その手の交渉は一切、相棒に任せているので皆守は暇を持て余し、こうして外に出てきたのだ。
 そもそも英語以外はまだ不慣れな皆守がその場にいても大して役には立たない。
 雑多な人種が入り乱れ、煙草の煙と人の熱気の中で、それでも頭一つ大きい男の背中を眺めているのも飽きたので、ならば、と、建物に入った時から感じていた視線の主を片付けようと思ったのだが。

「───知らねぇよ」
「ならば一緒に来てもらおうか」
「……」

 お互い、白々しいことこの上ないのだが、どうやら男たちの目的は皆守自身らしい。
 最もそれは、結局、《CLAW》───相棒、葉佩九龍自身か、あの男が手に入れた《秘宝》が目的なのだろうが。
 それにしても。

 毎度のこととはいえ、些かうんざりする。
 確かに、190cmを超える長身にそれに相応しい鍛え上げられた体躯の、元戦闘のスペシャリストである相棒を相手にするよりは、多少、身長が伸びたとはいえ、いつも隣にいる男に比べれば、どうしても、華奢に見えてしまう自分の方が与し易いと考えるのは、ある意味妥当なのかもしれないが。
 高校を卒業してそろそろ1年。元々なんの実績もなく正確には《宝探し屋》ではない皆守は、今でこそ《CLAW》のバディとして、それなりに名前と顔が知られるようになってきたが、それも極一部のことで。
 その極一部の中でも、葉佩の腐れ縁でもある《宝探し屋》達は、その相棒よりもさらに年上が多く、からかい半分とはいえ、子供扱い(二十歳にもなっていないのだから仕方がないといえば仕方がないのだが)されることも多いのだが、その、彼らでさえ、最初は半信半疑だった。
 大柄な長身の男の隣にひっそりと佇む皆守は、真実を探し出すことが仕事の彼らの目ですらも、頼りなげに見えた。
 実際、余計なことは一切喋らず、いつもどこか気だるげで、覇気の欠片も見えず、微かに花の香りを立ち昇らせていれば、その整った容貌とも相まって下世話な噂や憶測が揶揄めいた嘲笑とともにひろがったものだが。
 それを否定するでもなくだからといって肯定するわけでもなく、しかし、《CLAW》がバディを、実力も定かではない、年下の青年を大切に想っていることだけは明らかで。
 元傭兵という前身もさることながら、《宝探し屋》としてもそれなりに優秀な部類に入る男の、唯一の弱点が、そのバディである。と浅はかな輩は思い込んだらしく。

 逆恨みにしろ手に入れた《秘宝》の横取りにしろ、《CLAW》を狙う連中は、そのバディである皆守を標的に定め、結果、こうして隙さえ見せればどこからともなく姿を現す。

 皆守自身も、最初は確かに、それなりに覚悟を持っていたような気もするのだが、それも、回数を重ねて、場数を踏んでしまえば、覚悟も緊張も薄れ、暇つぶしにもならなくなる。
 それでも一応、相棒に害をなす者か否か、あるいはその目的がどこにあるのかを見極める意味と、何よりも、いい加減、そろそろ、真剣に、心底、

(うぜぇ)

 その一言に尽きた。
 これもある種の有名税だ仕方がないと諦めるにも、限界がある。
 無気力無関心、何事も冷めた目でただ漫然と怠惰に過ごしていた過去の中ですら、皆守の沸点は、低かった。
 成績表の特記事項に『ドライです』と書かれていることを知った葉佩が「ドライなのはカレーだけだよな」と余計な一言を漏らした瞬間に蹴り飛ばすくらいは、低い。その気質ゆえ、自らケンカを売ることはないが、売られたケンカを買うくらいの甲斐性はある。

『やる気になればそれなりにできるのになぁ……』と、なぜか反抗期の息子を持つ父親のようにため息をついて、その大きな手で皆守の、ただでさえ収まりの悪い髪の毛をぐしゃぐしゃにしてやはり蹴りつけられた男が言うように、皆守は密かに、しかし充分、その気になっていた。

 皆守を御しやすいと考えている輩がいるなら、それを覆せばいい。
 皆守が葉佩の弱点だと思っている輩がいるなら、そうではないことを知らしめればいい。
 
(とっとと終らせるか)

 眇めるように視線を前方に走らせ、ポケットの中の手を気取られないように動かし、金属の感触を確かめる。
 その視線の先、通りの向こう側に、見知った男の姿を捉えて、嗤う。

「おい、貴様───」

 わずかに持ち上げられた唇の剣呑さに気づいたのか。
 それとももはや隠す気のない不穏な気配に引き摺られたのか、目の前の、何の力もないと高を括っていた、細身の東洋人からじわりとした恐怖を感じた途端、銃を構えていた男がその引き金を引く。
 しかし。

(遅い)
 
 何もかも。

「《CLAW》が来たぞ」


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