Bad Dog No Biscuits 後


「何!?」

 銃弾をあっさりと避けてみせた皆守に対する驚愕か、それ以上の畏怖を呼ぶ《CLAW》という言葉に反応したのか、男の表情が歪む。

 それを見て皆守はわらった。
 憐れむように。
 嘲るように。

「遅い」

 気まぐれに吐き出された声音の響きに、気色ばんだ男達だがその目的を達成することはできなかった。
 いっそ、穏やかともとれる、───獰猛な笑みを浮かべたまま、あっさりと一人目を沈め、それを見てようやく事態を把握した二人目が武器を構える前に容赦なく蹴り倒すと、最後の一人に向かってポケットの中に入れていた左手を閃かせ───。
 
「……だりぃ」

 呆気ないほど簡単に、男達を倒しておきながら、皆守は何事もなかったかのようにアロマパイプに火をつける。
 近づいてくる気配に、そういえば、と、3人目に投げつけた金貨を拾おうと、一歩、足を踏み出したのだが、それより先に姿を現した気配の主が拾う方が早かった。
 そしてその手の持ち主がどこか疲れたような口調で呟く。

「甲太郎……これは一応、今回の依頼品なんだが」
「だから回収しようとしたんだろうが」
「その前に投げるな」
「適当に掴んだのがそれだったんだよ」
「……だから財布を持ち歩けっていつも言ってるだろう」
「面倒なんだよ」
「……そもそも《秘宝》をポケットに入れておくな」
「───次は気をつける」
「……」
 
 おそらく、なにもかも知っていて傍観を決め込んだ男が、呆れたようにため息をつく。
 その手の中で、今回の依頼の品である《秘宝》が傷一つなく輝いているのを見て、皆守は小さく息をついた。
 投げつけたそれが依頼品の金貨だと気づいた時は「まずい」と思ったのだが、さすがはロゼッタが興味を示した《秘宝》というところか。

「けっこう頑丈なんだなそれ」
「横領は駄目だぞ」
「……誰がするって言った」
「最初の間が少し気になるんだが」
「気のせいだ」
「そうか」
「そうだ」
「───ところで甲太郎」
「あ?」
「怪我はない、か?」
「……」

 何もかも知っていて、傍観を決め込んだ男が、それでも、それを、皆守が戦うことを、戦って傷つくことを何よりも恐れている相棒が、こうして冗談に紛れて、本音を漏らすことに、皆守はまだ慣れない。
 本気で心配されることがわかるだけに無下にもできず、だからと言って、それを素直に受け入れるには、子供っぽいとは思うが、矜持が許さない。
 けれど。

「お前が、」

 ゆっくりと、皆守は葉佩の前に立つ。
 見上げる視線の先で、穏やかな双眸が当惑に揺れ、けれど逸らされることなくまっすぐ受け止められることに、知らずに笑みがこぼれる。
 
「確かめればいいだろう?」

 綻ぶような、けれど、薄く色をのせた微笑みに、男の視線がはじめて逸らされる。
 いい年した男が、ガキの安い挑発にあっさりひっかかかるんじゃねえよ。と思いつつ、さらに言葉を重ねる。

「時間は?」
「───ある」
「どうする?」
「……」

 沈黙は長くは続かなかった。
 最初がああだったからか、あるいは自分が年上だからと思っている為か、皆守の意志を尊重することを理性的で大人の男の取る態度だと思っている節がある男が、実はそれほど理性的もで大人でもないことを、皆守はそれこそ身をもって、知っている。
 存外、あっさりと欲望に流されるタチだと揶揄れば、それはお前だけだと真顔で言う男だから。

「甲太郎」
「なんだ」
「それ持って、部屋に戻っててくれ」
「……」

 反射的に手渡された鍵を受け取って、けれど、その真意が、皆守の意図をわずかにずらしたところにあることに気づいて眉を潜める。
 遺跡を探索中ならともかく、普段は、どこか泰然と、いつも穏やかに笑う気持ちのいい男だから、つい、忘れそうになるのだが。
 
「甲太郎」

 名を、呼ばれる。

(畜生)

 それだけで。

「……先に行ってるからな」
「ああ、俺もすぐ行く」

 いっそ、朗らかともいえる口調に滲む剣呑な気配に、

(こいつのどこかおとなしくて扱いやすい《犬》だって言うんだ)

《CLAW》以外に、この男が自ら好んで嘯く《野良犬》という渾名を思い出し、そろそろ、目を覚ましたであろう男達が、これから見ることになる悪夢に、少しだけ同情しつつも、背を向ける。
 そして不意に、それにまつわる自分の不名誉な噂も思い出して、顔を顰めた。

(というか何で俺が《飼い主》だ)
 
 図体だけは無駄に大きいくせに、存外人懐っこく、少しでも、冷たくするそぶりをみせようものなら、この世の終わりのような顔をして甘えてくるのを、どうにかこうにか宥めすかして、時には蹴りつけて、文字通り、大人しくさせているのを見たどこかの誰かがいつの間にか、この、気に入らなければ、主にさえ平気で噛みつく《猛犬》を躾けた唯一の飼い主だと勝手に決めつけた所為で、《猛獣使い》などというふざけた呼称で呼ばれていることをつい先日知ったばかりの皆守の機嫌がそのまま悪化の一途を辿り、その結果、《飼い主》の機嫌をなおす為に、全身全霊でコミュニケーションをとった自称《忠犬》が、機嫌はなおったものの体調を崩した《飼い主》から《駄犬》と一蹴されたことはまた別の話。


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2006.01.01
……猫の話のつもりがいつの間にか犬の話になりました_| ̄|○

【clap】


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