アニバーサリーハッピーセット:02


 どこへとかどこにとか具体的なことは何も言われなかったけど。
 真っ黒な目が俺を真っ直ぐ見てて俺はごく自然に背筋を伸ばす。
 なんというか、よくわからないけど、ここで負けたら駄目だと思う前に、

「……連れていくんじゃなくて、一緒に行くんです」

 すんなりと、考えるまでもなくその言葉は出た。

「俺は《宝探し屋》だから世界中どこへでも行くし、そうなると甲太郎も一緒に行くことになると思うけど、でもそこは危険がないとは言えないし何があっても必ず守るとは言えないけどむしろ俺が助けてもらうことの方が多いのかもしれないけどでも、俺は俺のできることを、全身全霊で甲太郎を護って全力で愛します一生。それに、」

 あの日屋上で。
 俺の手を甲太郎は掴んだ。
 はじめて甲太郎が俺の腕をとった。
 俺はようやく掴んだ大切なものを放すほど潔くない。
 世界でたったひとりの俺の大切な人を置いていけるほど俺は大人じゃないから。
 
「……必ずここに帰ってくる。ってことじゃ駄目ですか?」
「───飲め」
「え?」
「許す」
「……」

その言葉が目の前のアルコールのことだけじゃなく、他のものの全部ひっくるめて許されたような気がして、俺はただ頷いて。
 いや別に誰かに許してもらうようなことでもないんだけど。 
 でも何か、甲太郎の、甲太郎が心を許してる人に認めてもらえるっていうのは、やっぱり。

「……九龍?」
「え?あ!甲太郎!!」

 もぞもぞと毛布が動いて癖だらけの頭が起き上がる。ゆっくりとこっちを向いた顔はほんのりと赤くて、どこかぼんやりとしている目がゆるゆると何かを探すように彷徨って。

「うわー逢いたかったってゆーか誕生日おめ───うゴ?」

 久しぶりに見た甲太郎の顔に何もかも吹っ飛んで、思わず抱きつこうとした俺の腹に何かがぶつかってきてそのままひっくりかえる。
 うおう不意打ちだてゆうかこういうキャラだっけ?と、少しだけ滲んだ視界に映ってるのはたぶん、

「……こ、甲太郎さん?」

 人の上に乗り上げて、俺を見下ろす甲太郎の目は座っていた。 
 逆光に浮かぶ細身には何かいい知れないオーラが立ち昇っていて、だらりと下げられたままの両腕が何かこわい。
 トラが!オオトラがいるんですけどー!とつい保護者に助けを求めそうになった俺に、低い声が投げかけられ、
 
「───脱げ」
「は、はいぃぃいいぃぃぃい!?」

 脱げっていうか脱がしてますよあなた!酒乱!?誰だよこいつに酒飲ましたの!自称保護者だよ!っていうか黙って見てないで助けて下さいってば!とひとり(ホントに俺ひとりで他はなんとゆーか我関せずっていうか生暖かいっていうか何か誤解してませんか!?的な)パニくってると、
 
「……けが、」
「毛?」
「怪我してねーな」
「……」

 ええっと、とりあえず今考えたことはなかったことにして、捲り上げたシャツを握り締めてる甲太郎の手に無意識に触れる。
 今、口を開くと何を口走るかわからないから、かわりに、もう一方の手で俯いたままの甲太郎の髪を撫でると。
 
「してねーなら、いいんだ」

 ぽつり、と。溢れたその声音に俺が頭が真っ白になる。
 なんだこれ。
 なんなんだよ、俺なんで泣きそうなの?
 お前がそんな貌でそんな声で───。

「おかえり」
「た、ただいま……」

 うああちくしょうデバガメ三人衆のことなんかきっぱり忘れていまここで押し倒してチューしてぇ。っていう本能をどうにかやりすごして、平静を装って出した声は我ながらぎこちなかった。いやだって滅多に見られない(夢の中だって)はかなげな(俺にはそうとしか見えない)笑みを浮かべる甲太郎の顔がゆっくりと近づいてきて、そのままやわらかい髪が胸に落ちて呼気が首筋をくすぐって───。


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